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 二階建てのボロアパートの外には、ゴミ捨て場の生ゴミを目当てに野良猫がニャーニャー鳴きながら集まっていた。  通りを2トントラックが通るたびに床が(きし)みガラス窓がビリビリと鳴る。  昨夜は隣のスナックで、いい気分になった客が日付が変わっても、ヘタクソなカラオケを響かせていた。  真夜中過ぎでもお構いなしに、救急車が大音響で走り抜けて行き、遠のく意識の中で不吉な予感に身震いした。  (まぶ)しい朝日を右腕で(さえぎ)り、ゴロリと寝返りを打つと、反対側の首筋がジリジリとして目を覚ました。  目覚まし時計は最近仕事をサボって鳴らなかったり、かと思えばしっかり時間通りにベルを高らかに叩いたりと、気まぐれである。  どんよりとした視線を天井に向け、腕を伸ばして反動をつけてゆっくり起き上がると、どうも体がだるい。  人間の身体は、こんなに重かっただろうか。  昨晩のカップ麺が机の上に出しっぱなしで、ジャンクな臭いが部屋に(こも)り、少々吐き気がした。  近頃、悪魔だのお化けだのという類の夢をよく見るようになった。  不思議な杖を持って、勇敢に戦う自分を演出して、この現実から逃げているのかもしれない。  無意識の世界にあるはずの夢でさえ、現実逃避の映像を見せているのだから骨の(ずい)まで蝕まれつつあるのだ。  津崎はどうにか身体を立たせて野暮ったい作りの洗面台で顔に水をぶっかけた。 「ふうっ」  と水しぶきを飛ばしながら鏡に映った自分の顔を見て、(みじ)めな気分が加速する。  この世に、こんなにパッとしない男がいるだろうか。  金がなくて親の(すね)をかじりながら、インスタント食品で腹を満たし、日がな一日することがなくて、いよいよ生活費がなくなると日雇いみたいなバイトをする。  人間、贅沢(ぜいたく)を言わなければギリギリ生きていける。  色あせたトレーナーに、トレパンというスタイルで、外を歩いても女は目を背け、まるで不審者のように避けていく。  鏡の中の男は、ただ生きているだけの物体だった。
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