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いかに、アラブの至宝といえども、自分の惚れた女には、勝てない…
あらためて、それが、わかった瞬間だった…
あらためて、それが、証明された瞬間だった…
私は、それに、気付くと、つい、吹き出しそうに、なった…
つい、吹き出す=笑い出しそうになった…
が、
さすがに、この場で、吹き出すわけには、いかん…
笑い出すわけには、いかん…
だから、必死になって、自分を抑えた…
抑えたのだ…
すると、だ…
アムンゼンが、
「…なんですか? …矢田さん、その顔は?…」
と、いきなり、私に聞いた…
私は、そのアムンゼンの言葉に、頭に来た…
だから、
「…私の顔に、なにか、ついているのか?…」
と、しらばっくれた…
いわば、しらを切ったのだ…
当たり前だが、アムンゼンは、頭に来た…
頭にきて、この矢田を睨んだ…
睨んだのだ…
が、
この矢田は、負けんかった…
いかに、相手が、アラブの至宝といえども、負けるわけには、いかんかった…
いや、
ここは、日本だ…
サウジアラビアではない…
だから、この矢田もデカい態度が取れた…
これが、サウジアラビアであれば、こんな態度は、取れん…
なにしろ、サウジアラビアは、このアムンゼンの出身地…
いわば、ホームグランドだ…
そんなところで、この矢田が、威張った態度を取れば、どうなるか、わからんからだ…
いや、
サウジアラビアに限らず、アラブ諸国でも、どうなるか、わからん…
いわば、ここは、安全圏…
この矢田にとって、安全圏だった…
だから、大きな態度が取れた…
取れたのだ…
絶対的な安全圏から、ものを、言う…
あるいは、石を投げる…
相手が、石を投げても、決して、自分には、届かない場所から、相手には、石を投げる…
それが、私だ!…
それが、この矢田トモコだった!…
それゆえ、この矢田を睨む、アムンゼンを睨み返した…
この矢田の細い目をさらに、細めて、睨み返したのだ…
私は、腕を組み、このアムンゼンに圧をかけた…
すると、このアムンゼンも、負けじと、腕を組み、この矢田を睨み返した…
両者互角…
互いに、一歩も引かんかった…
引かんかったのだ…
が、
私とアムンゼンが、睨みあっていると、
「…二人とも、凄く仲がいいんですね…」
と、いう声がした…
その声の主は、リンだった…
私は、
「…仲がいい?…」
と、いう声に反応した…
別に、私は、アムンゼンと、仲が良くも、なんともないからだ…
しかも、今、互いに睨みあっている最中だからだ…
そして、それは、アムンゼンも、いっしょだった…
仲がいいとリンに言われたアムンゼンもいっしょだった…
「…ボクと矢田さんは、決して、仲がいいわけじゃ…」
と、でも、言いたげな、表情で、リンを見返した…
それを、見て、リンは、
「…まるで、母子みたい…」
と、続けた…
「…母子?…」
私とアムンゼンは、同時に叫んだ…
そして、その直後に、お互いの顔を見た…
穴のあくほど、ジロジロと、見た…
「…そう母子…仲がいい…母子…羨ましい…」
リンが続ける…
「…私も、そんな息子が欲しい…そんな母親が、欲しい…」
リンが、口走る…
私は、それは、冗談かと、思った…
あるいは、私やアムンゼンをわざと持ち上げたのかと、思った…
が、
それは、なかった…
たぶん、なかった…
なぜなら、リンは、真剣…
真剣な表情で、言ったからだ…
それに、気付いたのは、私だけでは、なかった…
アムンゼンもまた、いっしょだった…
だから、
「…どうして、リンさんは、そんなことを、言うんですか?…」
と、アムンゼンが、聞いた…
すると、リンが、
「…楽しそうだから…」
と、呟いた…
「…楽しそうだから、羨ましい…」
と、続ける…
私とアムンゼンは、またも、思わず、目を合わせた…
あまりにも、意外なリンの言葉だったからだ…
「…失礼ですが、リンさんは、家族が、仲良くなかったんですか?…」
アムンゼンが、聞く…
アムンゼンの質問に、無言で、リンは、首を縦に振って、頷いた…
それから、
「…だからかな…」
と、言って、笑った…
「…明るい家庭に憧れる…坊やとお姉さんのような、仲の良い家庭に、憧れる…」
「…」
「…たぶん、この気持ちは、坊やには、わからない…大人になっても、たぶん、わからない…」
「…どうして、ボクには、わからないんですか?…」
「…坊やは、男だから、わからない…」
「…どうして、男だから、わからないんですか?…」
「…男は、子供を産まないでしょ? 子供は、女を産むものでしょ?…」
「…それが、なにか?…」
「…いわば、女は、男より、子供と近い…自分が、産むから、当然よね…だから、つい、大人になる過程で、自分は、将来、こんな男と、結婚して、こんな子供を持ちたいと、考える…こんな家庭を持ちたいと考える…」
「…」
「…坊やと、お姉さんのやりとりを見ると、私の理想に、思える…互いに、距離が、近く、言いたいことを言いあえるほど、仲がいい…だから…」
リンが、告白する…
あまりにも、意外な告白をする…
そんなリンの告白に、私は、どうして、いいか、わからんかった…
そして、それは、アムンゼンも同じだった…
いや、
アムンゼンだけではない…
葉敬も、バニラも同じだった…
おそらく、そのリンの告白から、リンが、不幸な家庭に育ったことは、誰にも、わかることだったからだ…
だから、沈黙した…
あたりが、急にシーンとなった…
誰もが、なにか、口にすることが、ためらわれるような雰囲気になったからだ…
だから、沈黙した…
なにも、言わなかった…
が、
いつまでも、誰もなにも、言わないわけには、いかなかった…
と、いうことで、やはりというか…
ここは、一番年長な葉敬が、口を出した…
「…ということは、リンさんには、失礼だが、リンさんは、あまり、家庭に恵まれなかった?…」
と、聞いた…
ずばり、直球で、聞いた…
葉敬のあからさまな質問に、リンは、無言で、首を縦に振って頷いた…
それを、見て、葉敬は、
「…では、さっき、リンさんが、言った、アラブの至宝と呼ばれる、アラブ世界の実力者と会いたいのも、もしかして、リンさんの家族と関係があるの?…」
と、優しく、聞く…
その問いにも、リンは、無言で、頷いた…
それを見て、私とアムンゼンは、またも、互いの顔を見合わせた…
おそらく、このリンの家族が、アラブ世界で、囚われているとか…
あるいは、リンの家族が、どういう形か、わからないが、アラブ世界と関係がある…
例えば、リンの家族が、囚われていて、その家族を開放する条件として、アラブ世界のなにかが、必要となる…
それが、アラブの至宝と呼ばれる、アラブ世界の実力者と知り合いになれば、可能になる…
そういうことでは、ないか?
私は、思った…
思ったのだ…
そして、それを、見て、
「…わかりました…」
と、アムンゼンが、言った…
アラブの至宝が、言った…
「…オスマンさんを紹介しましょう…」
と、言った…
すると、リンより先に、
「…それは、ホントかね?…」
と、葉敬が、言った…
喜色満面の笑顔で、言った…
「…ハイ…ホントです…」
アムンゼンが、答える…
が、
答えながらも、アムンゼンは、葉敬の顔を見なかった…
リンの顔を見ながら、言った…
「…ボクで、良ければ、微力ですが、リンさんのお力に…」
と、言う…
アラブの至宝が、言う…
そして、いつのまにか、アムンゼンが、リンの手を握ろうと、リンの手に、自分の手を伸ばした…
握手しようとしたのは、明らかだった…
火を見るより、明らかだった…
が、
その手を、マリアが、ひっぱたいた…
思いっきり、ひっぱたいた…
そして、
「…その手は、なに?…」
と、怒鳴った…
アラブの至宝に怒鳴った…
「…いや、これは…」
アムンゼンが、戸惑った声で、言う…
「…だから、その手は、なんなの!…」
マリアが、続ける…
アムンゼンは、言葉もなかった…
ただ、黙って、マリアを見た…
「…」
と、黙って、マリアを見たのだ…
そして、その危機を救ったのは、意外にも、葉敬だった…
マリアの実父の葉敬だった…
「…マリア…アムンゼン君を叱るのは、やめなさい…」
と、やんわりと、マリアをたしなめる…
そう、葉敬に言われると、今度は、マリアが、黙った…
「…」
と、黙った…
いかに、マリアといえども、父親には、逆らえないのは、明らかだった…
「…そんなことより、それは、本当かい?…」
と、アムンゼンに聞く…
「…それは、本当とおっしゃると?…」
と、アムンゼン…
「…今、アムンゼン君が、リンに、オスマンさんを紹介すると、言った話だよ…」
葉敬が、アムンゼンに身を乗り出して、聞く…
アムンゼンは、葉敬のあまりの熱意に圧倒されながらも、
「…ハ、ハイ…」
と、小さく言った…
それを、聞いた葉敬は、すかさず、
「…だったら、そのオスマンさんを私にも、紹介してくれるね…」
と、続ける…
アムンゼンは、誰が、見ても、嫌な様子だった…
だから、助けを求めるように、周囲を見た…
私やバニラや、マリアを見た…
しかしながら、ここで、アムンゼンを助けるものは、皆無…
皆無=誰もいなかった…
しかも、マリアは、怒った顔で、アムンゼンを見ていた…
アラブの至宝を見ていた…
だから、アムンゼンは、諦めた…
自分が、この場で、孤立無援な立場で、あることを、悟った…
「…わかりました…葉敬さん…オスマンさんを紹介します…」
と、言った…
力なく言った…
「…それは、ありがとう…」
と、葉敬が、アムンゼンの手を握って、喜んだ…
傍から見ていて、恥ずかしいほど、喜んだ…
が、
その姿を見て、リンが、ニヤリと笑った…
ごく一瞬だが、ニヤリと、笑った…
唇だけで、笑った…
私は、それを、見逃さんかった…
見逃さんかったのだ…
<続く>
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