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一.
私はそのとき、行きつけの喫茶のお決まりの窓際のテーブルで、珈琲とサンドウィッチの遅い昼食をとっているところでした。そこに支配人がやってきて言うことには、数か月前に姿を消したボーイが未だに見つからず、警察の捜索も行き詰ったまま、年内にも打ち切りが検討されているらしいということでした。
「正直、私としても心配なのですよ」
支配人は声を低めてそう告げると、小奇麗に整えられた口髭を見事なへの字に曲げました。
「初めのうちは、そのうちふらりと戻ってくるだろうと思っていたんですがね。何しろあの蒼翅碧花先生と暮らしておるのですから、何か人に言えない事情があったところで彼を責めるわけにもいきますまい。諸々の事情が落ち着けば仕事にも戻ってくるだろうと、そう思って皆にも言い聞かせておったのですよ。決して北村に関して余計な口を利くんじゃないと」
この消えたボーイの北村君というのが、事件の当時、蒼翅碧花と生活を共にしていた青年です。彼は名前を瑤といい、この喫茶で毎晩働いていました。薄い胴を制服の白いシャツとベストで覆い、すらりと細い下半身には黒のズボンとエプロンを付けて、まるで月の光を全身にまとっているかのような美青年でした。彼はモノトーンのボーイの中にあっては儚げな輝きを放ち、色とりどりの着物を着た女給の中ではかえって清涼に見えました。そして、蒼翅碧花——私たちの長年の交友に則って、蒼翅君と呼びましょう——は、彼を大層気に入っておりました。もともと住んでいた下宿を引き払わせて自分のところに住まわせていたのですから、その愛着のほどが分かるでしょう。
もちろん支配人やそのほかの同僚たちも、北村瑤と蒼翅碧花の関係については知っておりました。それもそのはず、蒼翅碧花の道楽趣味は、知らぬ者はないとさえ言われていたのです。初めは貧乏学生の背伸びに過ぎなかったそれは、彼が文壇で評価され、名声が高まるにつれてますます盛んになっていき、広く世間に知れ渡るところとなったのです。そちら方面の話が雑誌や新聞に取り上げられることもままありました。それに実際のところ、蒼翅碧花というと小説か醜聞か、というのが世間の認識であったように思います。そのために、蒼翅君と北村君が同時期に姿を見せなくなったのもそういうことなのだろうと、はじめは皆呑気に構えていたのでした。
それが一週間、二週間と経っても、北村君が店に現れる気配は一向にありません。蒼翅君に関しては、きっとこもりきりで執筆でもしているのだろうと思われましたが、北村君に関しては誰もが首をひねり、これは何かおかしいと感づき始めていました。支配人は警察に届け出を出し、失せ人の捜索を依頼しました。これが三か月ほど前のことで、未だはっきりした手がかりは掴めていないのが現状というわけです。彼らの住む家を訪れてさえ、中からは誰の出てくる気配もないと支配人は話を締めくくりました。
私は、ハムと玉子のサンドウィッチを珈琲で流しこみながら、
「しかし、蒼翅君が人を閉じ込めるということはないと思いますがね」
と言いました。
「特にものを書いているときは、彼は北村君のお給金で暮らしているようなものです。金がないことには趣味の道楽も上がったりですし、それは彼のやり方に合わないと思いますが」
やはりそこが引っかかるのか、支配人はまた口を曲げてうーむと唸りました。口髭が綺麗に弧を描きます。
「小暮様(私の姓です)の言うこともまあ、分からんではないのですが……実は、ここ最近、二人のことで皆があれこれとうわさをするようになっていましてね。二人で駆け落ちしたとか心中を図ったとかいう根も葉もない醜聞を、女給もボーイもまことしやかにささやきあっているのです。もちろん、きつく言って口止めしてはいるのですが、この状態が続けばいつ誰が外に漏らすか知れたものではありません。そうなれば、うちの評判にも傷がついてしまう」
支配人ははあとため息をつきました。私としても、この店がくだらぬ醜聞の餌食になってしまうのは考えものです。蒼翅君もここを大層気に入っていましたし、自身のせいでお気に入りの場所が貶められるのはきっと我慢ならないでしょう。
「このようなことをお願いするのも厚かましいとは思うのですが、小暮様の方でひとつ、蒼翅先生のご自宅に行って様子をうかがってきてはもらえませんでしょうか? もしかすると、小暮様なら蒼翅先生も中に入れてくださるのではと思うのです……居所がつかめない限り、うちも北村を辞めさせるわけにもいかないし、かといって何も分からないままではありもしないことを書きたてられてしまいます。お客様に頼るなど本当に心苦しい限りなのですが、どうか先生と小暮様の憩いの場を守ると思って、ご協力願えないでしょうか」
支配人は他の客のいる手前、頭こそ大きくは下げませんでしたが、その顔には苦渋の色がありありと浮かんでいました。私は快く応え、このあと早速彼の家に行って様子を見てきましょうと言いました。
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