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暗い廃ビルの一室で、美咲は必死に体を捩っていた。
もう何時間こんなことをしているだろう。
身体の後ろに回された手首に、結束バンドがしっかり食い込み、もう動かすだけで激しい痛みが襲ってくる。
足首も同様に固定され、靴下には血が滲んでいた。
声を上げたくとも、ガムテープが邪魔をする。
鼻から息とともに漏れる音が、今の美咲に出せる唯一の「声」だった。
陽が落ち、次第に部屋の中が冷えて来る。
床がコンクリート剝き出しになっているのも大きい。
コンクリの床は美咲から次第に体温を奪い、そして気力も奪っていく。
美咲は動くのを辞めた。体力を消費するのを恐れたからだが、動くのを止めた途端、小刻みに体が震え出した。
──寒い。
冷え切った顔を、暖かい涙が伝った。
ここはどこだろう。なぜこんな事になったのだろう。
あの人が言う通り、関わってはならなかったのに。
美咲は彼に褒めて欲しかった。認めて欲しかった。
すごいぞ。偉いぞと。
よく考えれば分かる事だったのに。子供じみた欲求だと。
こんな事をしても、彼は喜ばないと。
寧ろ、烈火のように怒るだろう。
離れて行ってしまうだろう。
美咲は最後に見た彼の姿を思い浮かべた。
涙が、止めどなく流れた。
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