スノースマイル

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 あれ、蒼真じゃん。やっほー。こんなところで何やってんの?  ぼくの耳にその声が届いたとき。思わずことばを失ってしまった。聞き覚えのある声。聞き焦がれていた声。ふっとこころを攫い、あの冬の記憶があざやかに呼び起こされる。  どこまでも明るくなれるきみの声は、よく通るから。笑った声なんて万里の長城にも響きわたるんだろうな。  びっくりした……久しぶり、春希さん。ぼくもよく分からないんだけど、気づいたらここにいたんだ。  ふうん、変なの。きみは他人事のように利き手の爪をいじっている。口をすぼめた顔を、風にお辞儀する花のように揺らしながら。もしかして、ここって蒼真の夢のなか?  どうなんだろう。首をかしげる。わからない。言いながら、きっと夢の世界だろうと高を括っていた。どちらかの夢、もしくは空想の類。願望機制がこしらえた幻の場所とか。  あてもなく辺りを見わたす。だれもいない、音もきこえない。際限なくまっ白な空間がひろがっているだけ。時間とすら縁を切った場所。夢だとしたら、ずいぶん冴えないというか、掴みどころがなさすぎるような。  ちょっと! それって、あたしといるのが不満みたいにきこえるんですけどっ?  まさか。ちがうよ春希さん、そんなつもりじゃなくて。つーん、もう知りません。そっぽを向くきみの正面にまわりこみ、あわてて弁明する。  きみは耳を貸さない。すかさずぼくに背を向けてしまい、ぼくは正面に回り込もうと躍起になる。いたちごっこ。こっち向いてよ春希さん。つーん、嫌ですお引き取りくださぁい。  一連のくだりを何往復も交わし、いつのまにかぼくらは笑いあう。どちらからともなく。おたがいに感化されていく忍び笑いのクレッシェンド。他愛のない掛け合い。気楽な距離感。すっかり顔なじみの憂き目――「もういちどだけ、きみに会えたら」……それが、いま。  奇跡の真ん中で、あたりまえのように再会している。あいにく素直によろこべるほど単純になれなかった。運命のプロセスに反した現象が、これはリアルじゃないと冷酷に証明していた。  やがて笑い疲れ、ぼくらは無言で見つめあう。ねえ、いつもそうだったね。じぶんの側に、あいての居場所を用意してしまうこと。あっというまに「ふたりっきりの世界」。交わされることばの内側で、 癒しはあてがわれる。

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