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「(文化祭回らないの?)」
「(回る?)」
「(……理仁くんが動いてくれないからいけない)」
二人はカーテンに隠れたまま、その場に座り込んでいた。
キスをして顔を赤くした木綿花を見て理仁が「そんな顔で外に出せない」と引き留めたのだ。
今は手を繋ぎ、半身をくっつけている。木綿花の肩に理仁が頭を乗せており、木綿花は彼の頭に頬を寄せていた。
映画は間もなく佳境を迎える。映像は何も見えないけれど音だけで楽しんでいた。
「(回りたかったけど、今はいいかな)」
「(……そう)」
「(木綿花とこうやってくっついていられる方が楽しいから)」
それは木綿花だって同じ気持ちだ。色々あったけどちゃんと両想いになれたのだ。彼がちゃんと好きだと言ってくれて嬉しかったし、キスした余韻にもう少し浸っていたい気持ちもある。
「(学祭は麻葉さんの大学で一緒に回ろうよ)」
「(それはもちろんだけど)」
「(それか今からいく?)」
まだ次の交代まで四十分ほどある。もし見回るならこれが最後のチャンスだろう。でも木綿花は首を横に振った。
そんな木綿花を見て理仁がひっそりと笑う。
「よかった。俺も今はこのままこうしてたいから」
理仁の声が甘えている。木綿花の母性がくすぐられてキューンと胸が締め付けられた。かわいいが止まらない。一緒に回れないのは残念だけど、理仁とこんなふうにくっついていられるのは悪くなかった。
「(それに来年もあるよ)」
「(来年はクラスが違うし)」
「(文転しようか?)」
「(ダメ)」
簡単に信念を曲げようとする理仁に木綿花は目くじらを立てた。志望校に合格するためにもちゃんと授業を受けてほしい。
「(それに、理系の方が女子少ないから、むしろ理系にしてほしい)」
必然と理系は男子が多くなる。学校側も配慮してくれるとは思うが、できるだけ女子は少ない方がいい。
「(その分、クリスマスも修学旅行も楽しもう。みんなでパーティーしたいな)」
「(二人は嫌?)」
「(……嫌じゃないけど)」
上目遣いに見上げられて木綿花はぐぅと口をつぐむ。そんな目で乞われたら断ることなどできない。
「(……その前にクリスマスって何するの?)」
「(え、……ケーキ食べたり、チキン食べたり)」
「(食べることばかりだね)」
理仁がクスッと笑う。でもその表情はバカにしているようなものではなく、ただ単に事実を述べただけの優しい顔だった。
「(あ、あのね。わたしも色々考えたの)」
木綿花は理仁の頭に預けていた頭を持ち上げて、真面目な顔で理仁を見つめた。理仁もまたただならぬ雰囲気を覚えたのだろう。木綿花の肩から頭を離す。
「(……まだ、確実じゃないけど、将来”食”にまつわる仕事につきたいなと思ってるの)」
理仁に感化されて木綿花は自分なりに色々と模索した。正直まだどうなるかわからない。だけど、自分の好きなことで仕事になりそうなものを考えた時、やっぱり”食”が頭に浮かんだのだ。
「(……できれば、関西にある公立の農学部がいいなって)」
「……っ」
理仁が息を呑んだ気配が伝わる。
好きな人を追いかけて、志望校を決めるのは間違っているかもしれない。
でも、これでも木綿花はよく考えたのだ。
「(……関東にも農学部はたくさんあるよ。でも私立ばかりで国公立だとレベルが高いの。麻ちゃんの大学は農学部がないし、一人暮らしをすることになるなら、……理仁くんの近くにいたい、と思って)」
一人暮らしをするのと私立大学に通うのはどちらの方が懐が痛むのか正直わからない。バイトもしていざとなれば奨学金という手もある。
もちろん、まだ両親には話していないけれど、彼らならきっと応援してくれるだろう。
「(……まだ、どうなるかわからないけど)」
「(……うん)」
「(大人になった時、食品会社で企画とか楽しそうだなって。管理栄養士とかも考えたけど……)」
お菓子の袋や冷凍食品の裏にある会社名を手当たり次第ネットで検索した。従業員の募集要項を見ると、食品の企画関係は農学部出身者が有利になるようだ。麻葉や絃にもどんなことが求められるのか尋ねた。
二人ともまだ大学生なので、木綿花の質問に百点満点で回答してくれたわけではないが、今から意識してそこに向かうことが最善だということはわかった。
「(……もしかすると二年も同じクラスかもしれないね)」
「(……うん)」
「(生物と化学頑張らないとなぁ)」
まだ担任の先生には話してはいない。でもそれより先に理仁に打ち明けたかった。ずっと待っていてくれたからちゃんと報告したかったのだ。
「(……俺が見てあげるよ、化学と生物。だから合格しよう)」
「(それは嬉しいね)」
二人は顔を見合わせるとふふふと笑う。
映画はエンドロールを迎えて観客たちが立ち上がる気配がする。二人の物語はこれから。やっとオープニングが始まったばかりだ。
「(……行こうか)」
「(うん)」
よっこらせ、と立ち上がる。自然と離れた手を引き寄せるように理仁の手が伸ばされた。
「(木綿花、ありがとう)」
泣きそうな顔で笑う理仁に木綿花は笑顔を返す。
「(いいえ。理仁くんを一人にはしないからね)」
簡単に自分を蔑ろにしてしまう理仁を木綿花が大切にしたい。
感情も想いも全部受け入れて、できるだけ長く彼と未来を歩きたい。
理仁が木綿花を突き放すまで、木綿花はとことん彼と寄り添う気持ちでいる。
(……って重いかな)
「(じゃあ、俺のこと嫌いになるまで傍にいてくれる?)」
理仁が足を止める。会場がパッと明るくなってギャラリーから声が聞こえた。「あと少しだ」「もう終わりか」と文化祭の終わりを惜しむ声がする。
舞台裏から聞こえる声にも疲労が混じっていた。
「(今日みたいに泣かせてしまうかもしれない。間違えてしまうかもしれない。情けなくて弱くて全然完璧じゃない俺だけど……こんな俺の傍にいてくれる?)」
ーー俺に恋を教えてよ
まだ真夏の真昼間のこと。彼はそう言って木綿花に迫った。
熱りが冷めるまで彼の彼女でいることの方が安全だと思った木綿花は渋々それに頷いた。
でも今は違う。
自信を持って、むしろこちらから望むところだ。
「嫌われるまで傍にいるよ」
「ーー嫌うわけないよ」
解けそうだった指先に力を込める。
「あ、もめ〜! 掃除行こう!」
ギャラリーから覗いた美結が手を振る。果乃実まで顔を出して「おーい」と手を振った。二人にはどうやら心配かけたようだ。すると黒木が舞台裏の階段を登ってきていたらしく後ろに追いついた。
いつの間に彼は舞台裏にいたのだろうか。理仁の肩を組んだ黒木が木綿花と理仁を見てニヤついた。
「カーテンに隠れていちゃつくなよー」
「……っ」
「まぁ、仲直りしたならいいけど」
見てみぬした俺に感謝しろよ、と黒木がドヤる。
「ねえ、何話してんの?」
「さっきさぁ〜」
「黒木くん!」
「え、なになに?」
木綿花が黒木を止めようとすると、シャツをツンと引かれた。驚いて顔を上げると、理仁がにこりと笑う。
「俺に愛を教えてね」
そっと落ちてきた唇が愛を乞う。
木綿花は目を丸くしてその熱を受け入れると、したり顔の理仁が花が咲くように笑った。
END
本編は完結です。ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
余裕があればSSを書きますので、またお付き合いいただけると嬉しいです。
※一旦完結にします。

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