お先にどうぞ

1/1
前へ
/1ページ
次へ
 さっき交差点を右折したら、目の前にトラックが走っていた。その荷台部分に貼られた『お先にどうぞ』という言葉。  トラックの速度は、ものすごく遅いという訳ではないが、少し急いでいたら追い越したくなる程度の速度だ。けれど、俺はあえてトラックの後ろを走り続けた。  やって来た後続車が、追い越し車線に出てトラックを追い抜かす。その途端、前方から聞こえた叫び声。  見なくても判る。今の車はもういないと。  以前にも同じことがあったんだ。  形は違うけれど『お先にどうぞ』と荷台に書かれたトラックが走っていて、俺の前を走っていた車が追い越しをかけた。その時は、俺もその車に続こうとしたのだけれど、トラックの前方に出た車がふいに消えたんだ。  その途端、トラックの荷台がぶるりと震え、それに続いて人の叫び声のようなものが聞こえた。  これはあくまで俺の憶測だけれど、トラックを追い越した車は、どういう訳かトラックの荷台に転送される。そして、悲鳴のような叫び声が聞こえたということは、おそらく乗っていた人はその中で…。  そのままトラックの後ろを走っていたら道の脇にコンビニが見えたので、用はないけれどそこに立ち寄った。  しばらく時間を潰して車に戻り、もう一度走り出した時には、トラックはもういなくなっていたよ。  たいていは、法律で定められた速度を守るから、急いでいるなら追い越していってくれという意味の『お先にどうぞ』。でも中には、さっきのトラックのような、追い越したらおしまいの奴もいる。だから俺は、あの文字を掲げるトラックを見かけても、絶対に追い越さないと決めているんだ。  これまで何度か聞いた悲鳴の主達みたいにはなりたくないからな。 お先にどうぞ…完
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加