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あら、プテラノドンやねって言ったら
「ママちがーう、ケツァルコアトルスだよ!」
と反論された。
私は、トモキの恐竜フィギュアをあらためて見た。尖ったくちばしにグライダーのような翼。巨大な頭部に対して、体つきは冗談みたいに貧相だ。
「ケツァル……?」
「ケツァルコアトルス! そらを飛ぶきょうりゅうの中でしぞうさいだいきゅうに大きくって、十メートルもあるんよ!」
ぷにぷにの小さな手が、鋭角だらけのフィギュアをわしづかむ。「どすーん、どすーん」と歩きだしたケツァルなんとかは、他の恐竜たちの前まで来ると、またたく間に凶暴化した。
「うおー、食べてやるー!」
雄叫びとともにブラキオサウルスを押し倒し、オルニトミムスを蹴り飛ばす。ヴェロキラプトルの首がすぐ横を飛んでいき、私はわっと叫んだ。トモキは「うじゅるるうぅー」と水気の多い唸りを上げ、右手に持ったケツァルなんとかのくちばしを左手に持ったトリケラトプスの横腹にぐりぐり押し当てている。
「もう、危ないよ」
「ううー、うまい肉だあー」
「トモキ!」
声を張り上げると、トモキは「ちぇーっ」とトリケラトプスを解放した。私は散乱したフィギュアを集めるべく、ソファの下に手を突っ込む。ラプトルの首と一緒に、パラサウロロフスとモササウルスのぬいぐるみが出てきた。君ら、一体いつからここにいたんや。
「ママぁ、ずかん見たい?」
フィギュアを片付けていると、トモキが今度は恐竜図鑑を抱えてきた。慣れた手つきでページをめくり、『空の王者たち』の項目を開く。
「ほら、これがケツァルコアトルス!」
「ほんとだ。うわ、ほんまに頭おっきい。何で? パースおかしくない?」
「ママだまって! えーとね、ケツァルコアトルスは、はくあき、こうきの、よ……よくりゅうで……」
子ども向けとはいえ、それなりに複雑な説明文を三歳のトモキが読みくだす。「天才か?」と思ったこの能力は、恐竜関係の本にだけ発揮されるもののようだ。
「丸暗記してんのかな。おれ、めっちゃ読み聞かせしたもんなあ」
などと、夫はまるで自分だけの手柄みたいに言う。
「しかしあの集中力と記憶力、すごいで。トモキのやつ学者になるんちゃうか」
「出た、親バカぁ」
夫の皮算用をからかいながら、気づけば私の顔もニコニコになっている。未来の恐竜博士について語り合う時間は、いつもとても楽しかった。
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