出会い

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出会い

深い森の奥、陽の光が届かないほどに鬱蒼と茂る木々の中、小さな小屋がひっそりと隠れるように佇んでいた。その屋根は苔むしていて、周囲の風景と溶け込むような色をしていた。この小屋こそが、魔女エラーヌの住処だった。 エラーヌはこの森に何十年も住み続けているが、その姿を直接見た者はほとんどいなかった。森を訪れる者の間で、彼女は謎めいた存在として語られていた。「森の魔女」「孤独な魔術師」――そんな名前で呼ばれ、時には恐れられ、時には好奇心の対象となっていた。だが、彼女自身にとって、他者の評判はどうでもよいものだった。エラーヌは人との接触を避ける生活を選び、自分の魔法の研究と静かな日常に満足していたのだ。 彼女の魔法は、森の力を借りて成り立っている。木々のざわめきや風の流れ、土の中を巡る水脈――すべてが彼女の魔法の源だった。エラーヌはその力を使って傷ついた動物を癒したり、枯れかけた植物を蘇らせたりしていた。それらは彼女の生活の一部であり、誰かに感謝されるための行為ではなかった。ただの「日常」だった。 だが、その「日常」はある日、突然破られることとなった。 --- その朝、エラーヌはいつも通り、森を歩いていた。朝露に濡れた草の香りが漂い、鳥のさえずりが遠くから聞こえてくる。彼女は手に小さな籠を持ち、薬草を探していた。森の中の静けさは、彼女にとって心地よいものであり、それが自分に与えられた唯一の自由だと思っていた。 しかし、その静寂が不意に破られた。 遠くから聞こえてきたのは、何かが枝を折る音だった。軽い足音が、不規則なリズムで近づいてくる。その音は、エラーヌの耳にとって馴染みのないものだった。この森に生きる動物たちの動きとも異なる、ぎこちない足音。 「……人間?」 彼女は小さく呟いた。この森に人間が入り込むことは稀だった。道もなく、危険な動物たちが徘徊するため、わざわざ足を踏み入れる者はほとんどいない。それが今、この近くに誰かがいるというのだ。 エラーヌは音のする方向に足を向けた。その足取りは慎重で、目立たないように気を配りながら進む。木々の間を縫うように歩き、音の正体を探る。やがて視界の先に、小さな影が見えた。 それは、一人の少年だった。 少年は木の根元に座り込み、体を小さく丸めていた。服は泥と葉で汚れ、頬には涙の跡が残っている。彼の手は小刻みに震え、周囲を怯えたように見回していた。その姿はあまりにも無防備で、まるでこの森に迷い込んだ小動物のようだった。 エラーヌは慎重に距離を詰めると、優しく声をかけた。 「少年、どうしたの?」 その声に、少年は驚いたように顔を上げた。彼の目には、恐怖と安堵が混ざったような感情が浮かんでいた。少年は一瞬だけ言葉を失ったが、やがて小さな声で答えた。 「……迷子になったんだ。」 その言葉を聞いた瞬間、エラーヌは軽く眉をひそめた。迷子になった少年が、こんな森の奥深くまで入り込むなど考えにくい。だが、彼の顔に嘘はなかった。エラーヌは少し間を置いて、再び問いかけた。 「親は?誰かと一緒じゃないの?」 少年は首を横に振った。その動きは、彼の悲しみを余すところなく伝えていた。 「お父さんもお母さんも……いないんだ。」 短い言葉だったが、その裏には大きな孤独が見え隠れしていた。エラーヌは一瞬、彼の言葉を飲み込むように考えた。この少年は、すべてを失い、頼れる者もなく、この森に迷い込んだのだろう。彼の小さな体が、孤独と疲労を物語っていた。 「お腹がすいているんじゃないか?」 エラーヌは柔らかい声で問いかけた。少年はためらいがちに頷いた。その動作があまりにもか細く、彼女の心に小さな痛みが走った。 「……ついておいで。私の家に来なさい。」 少年は一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐに立ち上がり、エラーヌの後をついてきた。その足取りには、彼女に対するわずかな信頼と、希望が見え隠れしていた。 --- エラーヌの小屋に着くと、彼女はすぐにスープを作り始めた。スープは野菜とハーブの香りが立ち込める、温かく優しい味だった。少年は無言でそれをすすりながら、少しずつ表情を和らげていった。 その夜、彼女は少年の話を聞くことにした。彼の名前はリヴィオと言った。街で親を失い、どこに行けばいいのかわからなくなり、この森に迷い込んだのだという。 リヴィオの言葉を聞きながら、エラーヌは自分の中に生まれる感情に戸惑っていた。彼女は孤独を選び、この森で自分の魔法とともに静かに生きることを選んでいた。だが、この少年を見ていると、その孤独が何かを欠いているように感じられた。 「この子に、何をしてあげられるだろうか。」 エラーヌは心の中でそう問いかけた。そして、自分が持つ魔法の力を使い、この少年に少しでも未来を与えられるなら――そう思い始めていた。 翌朝、彼女はリヴィオに静かに尋ねた。 「リヴィオ、君、魔法を学んでみたいと思うかい?」 少年リヴィオは一瞬驚き、そしてその顔に希望を見せた。彼の目に光が戻るのを感じたエラーヌは、心の中で少しだけ微笑んだ。

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