5人が本棚に入れています
本棚に追加全快祝い
長い入院生活を終えたことを知った親友のカヨが、そのお祝いとして私の家で手料理を作ってくれた。夫と三人、ささやかな全快祝いのパーティーだ。
楽しく食事を終え、食器の後片付けをしようとすると、カヨが慌てて立ち上がった。
「いいのいいの。私がするから」
「え。でも作ってくれたんだから、片づけくらい私がするわよ」
「だめよ。あんた病み上がりなんだから。私に任せて。あ、トキオさんもゆっくりしていてね」
夫に念押ししてから、彼女はキッチンに向かった。手際よく皿を洗い、使った調味料を冷蔵庫や棚に仕舞い、洗濯物まで畳んで片付けてくれた。
「じゃあ、あとは夫婦でごゆっくり」
そういい残し、親友は去っていった。
「いい友達だな」
言いながら夫はリビングのソファに腰を下ろした。
私は彼から少し離れた床に膝を着き、入院中にずっと思っていたことを切り出した。
「ねぇ。離婚しましょ」
夫は目を丸め、
「は?なんだよいきなり」
「わたしね、入院中にずっと思っていたの。あなたが私を殺そうとしたんじゃないかって」
「なにバカなこと言ってるんだ。どうして俺がお前を殺そうとするんだよ」
「だって私が起こした事故、睡眠薬が原因だったじゃない。私、睡眠薬なんて飲んだことも買ったことないのよ。あなたが飲ませたんでしょ」
「冗談じゃない。警察はお前が自分で睡眠薬を飲んだようだと言ってたぞ」
「それは、本当のこと言えばあなたが疑われるかと思って。これでも私はまだあなたを愛しているの。あなたが捕まるのは本望じゃない。でも、また命を狙われるのも怖いから、別れることにするの。お互いのためよ」
ため息混じりに頭をかきむしっていた夫は、
「ちょっと待てよ。そもそもどうして俺がお前の命を狙わなきゃならないんだ?」
「カヨと結婚するためでしょ。邪魔な私に消えてほしかったんでしょ」
「あの子と結婚?なんでそんなことになるんだよ」
「前から怪しいと思っていたけど、今日ではっきりわかったわ。あなたがあの子と浮気してるって」
「だから、なんでそうなるんだよ」
「あの子、親友だけどこの家には数えるほどしか来ていないの。私が入院するまでは。なのに今日のあの姿は何?まるで自分の家みたいに、食器やお皿や、洗濯物の場所まで、迷うことなく片付けていたじゃない」
夫はそのときの様子を思い返しているのか、無言で中空に視線を漂わせる。
「私がいない間、お楽しみだったようね」
「おい、待ってくれ。俺は知らん。何かの誤解だ」
夫は腰を上げ私に擦り寄ろうとするけれど、それを袖にして立ち上がった。
「もう決めたことだから。私も死にたくないし」
用意してあった離婚届を夫の前に突き出した。
「これにサインしてちょうだい。でなきゃ、本当にあなたがやったことを警察に話すわよ」
『……でなきゃ、本当にあなたがやったことを警察に話すわよ』
その会話を聞いていたカヨはほくそ笑んだ。
きっかけは彼女が勤める会社で、その取引先からやってきた新しい担当営業の男だった。その姿を見た瞬間衝撃が走った。一目惚れだった。彼が姿を見せるたびに何かと話しかけ接点を持とうとした。そうするうちに、その中身までもが彼女の趣味趣向と合致していることがわかった。運命だと思った。だが彼はすでに結婚し、家まで建てていた。
それでもカヨは諦め切れなかった。偶然を装いその近所にあるアパートに引っ越した。すると彼の妻とスーパーで何度も顔を合わせるようになった。いつしか顔見知りになり、友達になり、さらには親友と呼べるほど親密になった。そうすることで少しでも彼に近づけるように思えたのだが、彼女の気はそれでおさまらなかった。
親友とランチに行った際、隙を見て彼女の家の鍵をコピーした。それを使って忍び込み、彼が暮らす空間で、彼と同じ空気を吸い込んだ。家具から収納まで、家中で彼の痕跡が残るものは全て愛でて回った。何度も、何度も。
そんなことを繰り返すうち、この家に住みたくなった。こそこそ行動するのではなく、堂々と彼を愛したい。
それにはあの女が邪魔だった。一計を案じ、多量の睡眠薬を盛ってやることにした。彼女の飲み物の好みはわかっている。忍び込んだ際、それに混ぜておけばどうにかなるだろう。
今、カヨはイヤホンを耳にして、二人の会話を盗み聞きしている。
自分の想定とは少し異なるけれど、彼の元からあの女は去りそうだ。
ようやく彼との生活を始めることができる。イヤホンを投げ飛ばし、カヨは高らかに笑った。

最初のコメントを投稿しよう!