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きゅるるるるっ……。
あららー。ずっと我慢していたのに鳴っちゃったな、お腹。
一度鳴ってしまうとその後、自制が難しくなる。
山の上中学校3年3組4限目の名物、猪原鈴美(私)の腹の虫。
その音に反応して、毎度振り返っては私を見てクスクス笑うクラスメイト。
教室の中央列後ろから二番目に位置する私の席は、振り返ってまでチラチラ見てくるその視線が嫌でも目に入る。
朝どんなに時間があっても、すぐにお腹いっぱいになって朝食は決まった量より食べられない。
だけどその量では4限目終了まで持たず、ほぼ毎日昼12時を過ぎた時点で私のお腹の大合奏が始まる。
中学校にお菓子などの食べ物を持ってくることは禁止されているけど、1年生の時に何度か朝食の残りの剥いたリンゴを持参しては休み時間にトイレで食べたことがある。
だけどトイレで食べることは個室とはいえ誰かにバレそうだし、何より精神的にきつい。かと言って、他に人目がつかない場所なんてこの学校内には無い。
更に2、3年生にもなると忙しくなり、休み時間にこっそりトイレに籠るなんて時間も無くなってしまった。
4限目が体育であればさほど気にならないのだけど、音楽の時間は最悪だ。歌い出しで腹圧がかかって声より先に音が鳴る。
あぁ、あと20分。
静まり返った廊下にガタガタと、給食のワゴンが届けられる音が響く。
今日の給食は……確かピビンバ丼。
あれ美味しいのよね……って、ダメだよ!考えちゃダメ!
再び鳴りそうになるお腹の音を、腹筋に力を入れて止めてみた。
頑張れ、私。
心を無にするのだ。
もう数学の授業なんて頭に入ってこない。
黒板を書き写そうとシャーペンを握る手の力を緩めれば、その拍子に腹の虫のボンバータイムが始まりそうだ。
ぐるるるるっ……。
その爆音は確かに私から見て斜め前左側から聞こえた。
だけど、クラスメイトは私の方を見てまたクスクス笑う。
「猪原〜、もうちょっと待っていろ。あとコレだけ説明させてくれ」と先生。
ち、違う!
今の音は私じゃありません!
全力で否定したかったけど、そんなこと言ったって恥の上塗り、笑い者になるだけだ。それに誰が鳴らそうと、みんなにとってはどうでも良いことだ。
それより授業妨害だ!と怒り出す先生やクラスメイトがいないことに感謝したい。ごめんなさい、出来るだけ大人しくしています……。
きゅぅぅぅぅっ。
あぁっ!また鳴ってしまった。あと10分なのに!
「猪原〜」と先生がため息混じりに言うから、もう私は泣きたくなって俯いてしまった。顔が、熱い。
「すみません、さっきの腹の虫は俺です!先生、早く授業を進めてください」
私の真後ろからの発言。
驚いて私が振り返ると、後ろの席の男子がへへっと言わんばかりに笑った。
きゅぅぅぅぅん。
今鳴ったのは、腹の音じゃなくて胸の音。
こちらの音も、止めることは出来ないようだ。
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