幼馴染への追憶

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 もう十年以上も前、幼馴染が行方不明になった。  最後の姿を見たのは俺で、周りの大人にあれこれ聞かれたけれど、暗くなる寸前まで一緒に遊んでいて、それぞれ家に帰る挨拶をして別れたと話した。  でも本当は違う。  あの日、俺達は遊び場の公園で不思議な穴を見つけたんだ。  そこの公園は、入り口付近は遊具などが置かれた開けた場所だが、奥の方は木が生い茂っていて、森とまではいかなくても、小規模の林と呼ぶには十分な場所だった。  俺と幼馴染は、遊具を使うよりも林を散策するのが好きで、しょっちゅう公園の奥を歩き回っていた。  その時に、木の根元辺りに見つけた穴。  奥の方は暗く、ちょっと手を伸ばしたくらいじゃ中がどうなっているのか判らない。  俺は尻込みしたけれど、幼馴染は好奇心旺盛で、どうしても中に入ると聞かなかった。そして、俺が止めるのも構わずに、身を屈めて穴の中に入って行ってしまった。  何度か名前を呼んだけれど返事がない。だけど後を追っていく勇気などなく、途方に暮れていたら、やがて幼馴染の声が聞こえてきた。 「俺、出られなくなっちゃった。でも大丈夫。十年経ったら出られるようになるから。その時に迎えに来てよ」  それが聞こえた直後に木が揺れ、どういう理屈か穴は塞がれてしまった。  幸か不幸か、林から出てきた時公園には誰もおらず、俺はそのまま家に帰った。そして、数時間後に訪ねてきた幼馴染の両親から、判っていたが、幼馴染が家に戻ってこないと告げられた。  公園の奥の木の穴に入り、そのまま出て来られなくなった。  そのことを話そうかどうか迷ったけれど、十年経ったら出られるという幼馴染の言葉が頭の中に甦り、俺は本当のことを言うのをやめた。  多分今から探しても、幼馴染はむろん、木の穴すら見つかることはないだろう。  幼馴染が戻るのは十年後。その時、このことを知っている俺があの場に迎えに行く。  そう確信し、俺は口を噤んだままそれからを過ごした。  そしていよいよ十年目。  今も当時のままの公園に向かい、あの日の木を探す。すると、あれから何度もこの場に来たのに見つけることのできなかった穴が、あの日そのままにぽっかりと口を開けていた。  間違いない。この木のこの穴だ。ここに幼馴染は潜り込んで姿を消した。だけど今日、あいつは帰って来る。  どんな姿をしているんだろう。あの日のまま? それとも成長だけはしている?  あれこれ考えていたら、かすかな物音が穴の中から聞こえた。  まるで誰かの声のような物音に、幼馴染が俺を呼んでいるのかと、穴に体を近づける。その途端、暗がりから伸びた手が俺の腕を掴み、俺は穴の中に引きずり込まれた。  外はすぐそこの筈なのに、何も見えない、光の差さない真っ暗な世界。その闇の中で声がする。 「○ちゃん。来てくれたんだ。俺のこと覚えててくれたんだ」  どこにいるかは判らないが、それは確かに幼馴染の声だった。 「当たり前だろ。十年経ったら出られるから、迎えに来てって言っただろ」  返事をすると辺りが静まり返った。でもすぐに何かが動く気配がして、それが自分に近づいてきたと察した瞬間、強い力が俺の体を突き飛ばした。  勢いのまま穴の外に出た俺は、大きく尻もちをついた状態で木の穴を見た。  木が揺れている。穴も揺れている。そこからチラと何かが覗いた気がしたが、すぐに引っ込み、揺れはますます大きくなった。 「○ちゃん、ごめん。折角来てくれたけど、俺、ここからはもう二度と出られそうにないや。だけど今日、○ちゃんがここに来てくれて本当に嬉しかった。 ありがとう。そして…さよなら」  あの日にはなかった別れの言葉。それが聞こえた直後に、かつてのように穴は消えた。  それを目にした瞬間、何が起きていたのかは判らないなりに、総てが終わってしまったと感じ、俺の目からは涙が溢れ出していた。  あの穴は何だったのか。幼馴染は穴の中でどうなったのか。何故遠い日に、十年経ったら出られると言ったのか。  答えが見つけられないまま時は過ぎ、近々、林のある公園は新たな道路を作るために取り壊される。  あれ以来、何度も足を運んだけれど、木に穴が空いているのを見ることは二度となかった。そして、木も林も公園もついになくなる。  十年程を共に過ごし、そこから十年離れていて、声を聞くだけでそれきりになった幼馴染。  幼い姿で止まったままのその面影を、俺は生涯忘れることはないだろう。 幼馴染への追憶…完
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