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本棚に追加 大学の夏休みを利用して、私は両親と一緒に旅行に行くことになった。いくつかめぐった観光名所のうち、とある神社に行った時の話だ。
本宮に向かう山の中にあり、セミの鳴き声が左右から降りかかってくる中、石段を登らなければいけなかった。
石段は結構急で、もう若いとはいえない両親だけでなく、自分もすぐに息が切れ、汗が噴き出てきた。
石段の両側は、木が生い茂っており、湿った土と幹のいい匂いがした。汗が流れてきたところで、踊り場のようなところに出た。一度体をほぐそうと背をそらせると、そこから細い横道が、緩やかに上へ伸びているのに気づいた。
「ねえ、ほら、あんな所に道がある。きっと、ほかの神社があるんだよ。ちょっと見てみたい」
私がそういうと、「ええ? 真っすぐいかないか?」と疲れた顔で父が言った。
母親が笑顔を浮かべた。
「この娘(こ)は民俗学を習っているから、神社とか見るのが好きなのよ。私たちはここで休憩しているから、行っていらっしゃい」
その言葉に甘えて、私はその道を進んでみた。両親が待っているので、もし何もなかったらすぐ戻るつもりで。
曲がり角を曲がった途端、私は思わず足を止めた。
奥に小さなお堂があった。そこに続く道を挟んで向かい合うように立つ地蔵、地蔵、地蔵…… そのどれもがうっすらと腰ほどの高さで、緑のコケをまとっている。古い物らしく、肩が欠けているもの、色あせた頭巾をしているもの、合唱した指先が欠けているもの。無数の肩と横顔。
そして、地蔵の間に立っている白いワンピースの女性。うつむいているため、長い黒髪がたれていて隠れて見えない。袖から見える腕は、少し痩せて見える。
ジワジワとセミの声が遠ざかり、自分の荒くなった呼吸が大きくなった。
私が見つめている数秒のあいだ、不自然なほどその女性はぴくりとも動かない。
(幽霊? まさかね)
『キツネの窓』というのを知っているだろうか。手をある形に組み、呪文を唱え、指の間から景色をのぞくと、化けているモノの正体を暴けるというものだ。
なんでそんな方法を知っているのかと思うかも知れないが、私は大学で民俗学を学んでいる。民俗学というのは、風習や言い伝えを通して当時の人達がどんな考え方や生活をしていて、それがどんな社会を作っていったかを研究する学問だ。だから、ちょっとしたお呪いの類(たぐい)も知っている。
半分は冗談、もう半分は自分を安心させるために、私はその女性にむかって『キツネの窓』をしてみた。
その女性は、消えたりもしなかった。姿を変えたりもしなかった。前と同じ恰好で、立ち尽くしているだけだ。
ただ、指で作られたひし形の中、横を向いていたはず地蔵のすべてが、正面を――私の方をむいていた。肩が欠けているもの、色あせた頭巾をしているもの、合唱した指先が欠けているもの、すべて。
私は背をむけて、両親の待つ踊り場まで逃げ帰った。震える足で階段を駆け下りたのだから、よく転ばなかったと思う。
とてもひどい顔をしていたのだろう。両親達はびっくりしていた。
「どうしたの、一体」
母が背をなでてくれた。父は、何事かと私が来た方向を見つめている。
今まで起きたことを説明する気にもならず、黙って息を整えていると、さっきのワンピースの女性が早足で降りてきた。
「あの、どうかしましたか?」
両親は、彼女と軽いあいさつを交わした。
彼女は私に視線をむけた。
「真っ青な顔をして、急にかけだしたから……ひょっとして、驚かしちゃった? 足元に変わった花が咲いていたから見ていたんだけど」
「い、いえ……なんでも……ないんです。なんだか、地蔵がたくさんあって、怖くって……」
「なんだ、そんなことか」
父親は安心したように笑った。
本当の事を言っても、本気にしてもらえないだろう。
私はさっき見たことを誰にも言わなかった。
あれから、特に私に変わったことは何もなかった。ただ、旅行から帰ってきたころから、私の彼が高熱を出して寝込んだ。
その間、私はある友人から『彼が実は遊び人で、複数の女性と付き合っていて、子供をおろさせたこともある』という話を聞いた。
前からそんな噂があったが、、それから別れることになった。
その時、私はふと思い出した。地蔵は、子供の霊を救う菩薩だということを。
でも、あの地蔵と彼氏の事が、関係あるのか私にはわからない。

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