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「待ってたのは僕だから」
美弥は目を丸くしてこちらを見つめる。そのあまりの丸さに僕は少し笑った。
天候や気温にも左右されない快適な環境。
ずっと立っていても眠らなくても疲れない、食事や運動もなしに健康的に成長していく身体。
そんな奇跡がどうして起こったか。
「だるまさんがころんで、振り返ったらお姫様だったんだ」
何度も何度も思い返したあの日のこと。
ゆっくりとこちらに歩み寄ってくるお姫様。顔がはっきり見えるくらい近づいてきて、彼女がなにか言いたそうな表情をしているのがわかった。
それを見て、待とうと思った。
彼女の口から出てくる言葉を。僕へ届けようとしている気持ちを。
ここでずっと待っていたいと願った。
「伝えてくれてありがとう」
──さて。
僕は頭をフル回転させて考える。
白馬にも乗ってないし国民の支持もないけれど、できるかぎり彼女の理想には寄り添いたいと思うのだ。
ただ知識が足りない。本なんて読んでないし彼女の授業でも習わなかった。
だから僕は王子様のセリフを、これしか知らない。
「僕と結婚してください」
言葉が風に連れ去られると、辺りにはしんとした沈黙が満ちた。僕と彼女以外誰もいない小さな公園には風に揺れる木の葉の擦れた音だけがある。
少しして、僕の手をあたためてくれていた両手が離れた。
そのまま美弥は両腕を伸ばして僕の首の後ろに回す。
「……おとぎ話すぎない?」
彼女は楽しそうに囁いて、その場から一歩踏み出す。
木の葉と砂の音がした。彼女の顔が眼前にせまる。
僕は動かない。
(了)
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