美しい色

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美しい色

 ミュリエル王女は言葉が話せない様に生まれついた。    ただ、その分、目でお話をなさるのだ。  そう、涙を流して皆と話ができる王女だった。  朝食の時にご家族全員がそろっていれば美しいバラ色の涙を流し、食卓はほのかなバラの香りに包まれる。  ご家族はミュリエル王女が嬉しいのだと言う事がお判りになる。  心無い大臣が、ミュリエル王女は話せないのだから聞こえないと決めつけ、王女様の目の前であからさまに悪口を言ったことがある。  その時には王女はハラハラと美しくも冷たい青い涙を流し、涙の粒は氷となってミュリエル王女を包み込み、危うく凍えさせてしまう所だった。  心無い大臣はお城から追い出された。  乳母の頃から今は侍女となってミュリエル王女にずっとついているサリーは、ミュリエル王女が七色の涙を流すことを知っている。  涙はごく自然に流れるようで、お体に激しい感情の起伏などはない。  涙は様々な色に変わるので、サリーだけは、ミュリエル王女と話すことができる立場にいるのだ。  ミュリエル王女も年頃になり、最近ではあまり涙を流さなくなってきた。  心も落ち着かれ、大人になってきたからなのだろうが、感情が読み取れないので少々困る事もある。  でも、美しい笑顔や、その聡明な目つきからサリーは涙を見なくても王女の気持ちは分かると信じていた。  王女に結婚の話が持ち込まれたのもこの頃だった。  王女は昔から知っている、婚約者となったレイモンド王子のことをずっと慕っていた。サリーにもそれは感じられた。  レイモンド王子も、話せない以外には礼儀作法、教養、習い事に何の難もないミュリエル王女の事を小さい頃から知っていたし、慕っていた。  二人の結婚の儀が執り行われたその日、ミュリエル王女は初めて透明な涙を流した。サリーはミュリエル王女が嬉しくないのかと急に不安になった・・・その時・・ 「あぁ、これで話すことができる。」  ミュリエル王女が急に話し始めた。  ずっと声を出していなかったミュリエル王女の声は細かったけれど、すぐ隣にいたレイモンド王子にはしっかりと聞こえ、驚かせた。  実はミュリエル王女が産まれたとき、身体が弱く、声を出して大声で泣くことがとても危険な時期があった。  その時に王様はミュリエル王女が丈夫になるまでは声を出せないようにと、こっそりと、白い魔女に頼んでいたのだった。  ただ、それではミュリエル王女の気持ちがわからなくて不便でしょうと、白い魔女は美しい涙を流す魔法をかけたのだ。    大人になって、嫁ぐことができるまでになったミュリエル王女は、ようやく普通に話しても差し支えない程にお身体が丈夫になったのだった。  そして、御結婚後は涙は全て流しつくしたかのように、小さく美しい声で、レイモンド王子と何でも話をして、楽しく時を過ごした。  感情を昂らせた時のみ、他の人と同じように透明な涙を流すのだった。  若く美しいお二人にはすぐに可愛らしいお子様が誕生し、ミュリエル王女は喜びの透明の涙を流して、丸々とした次期王子を誇らしげに抱き上げた。 「あぁ、王子は丈夫なようだわ。泣いても身体はピンクなまま。私は泣くと全身が青ざめて、激しく鳴くたびに命を落としそうだったそうなの。」 「それで、白い魔女に魔法をかけられたんだね。  でも、僕は君が小さい頃の色々な美しい涙を覚えているし、美しい魔法だったね。」 「話せるほうがよほど美しいわ。  だって、やっぱり涙だけでは伝わらない事も多かったんですもの。」  ミュリエルは白い魔女を呼ぶと、子どもを産めるまでに丈夫になれたことの礼を言って、赤ん坊の王子の未来を占ってもらった。 「次期王子様にはなんの憂いもございません。お身体も丈夫ですし。  私の出番はないでしょう。」  そういって、白い魔女は沢山のお礼を貰っていつも住んでいる深い森へと帰っていった。  魔女へのお礼は何でしょうって?  それは内緒。  白い魔女はあまり沢山いないので、幸福を祈る国の人にしかお礼の品も分からないのです。  ただ、普通の人間が喜ぶような価値の物ではない事だけはお教えしておきましょう。 【了】    
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