路線変更

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路線変更

 〇王電鉄で運営しているバス路線が変更になった。  俺は今日初めてその路線の運転をしている。勤続10年。  路線変更があっても、この区域はもう慣れた物である。    初めてと言っても、もともとうちのバスが走っていた経路の行先は変わらず、市役所経緯からS駅に行く路線はそのまま走行している。  変更になったもう一つの路線は、S駅行きだが、N駅経由。  こちらは市役所には寄らずに大きな道路を通ってS駅に向かうというだけの路線変更なので、元々使っている停留所が変わるわけではない。  Tセンター駅からS駅の往復のバスだ。  TセンターからS駅までは順調に走行した。  少しだけ問題があったとすれば、これまでは必ずN駅が終点駅だったので、N駅でで降りるお客さんが降車ボタンを押し忘れていたことだ。  N駅で乗る人はいたので、停車していたら突然運転席横の降車口に歩いてきた人がいて慌てたくらいだ。 「このバスはN駅経由のS駅行きなのでN駅で降りる時には降車ボタンを押してくださいね。」と声をかけた。  事件はその路線の帰りに起きた。    S駅の停留所は線路の下に作られているので、日が当たらない。  通勤時間帯は過ぎているけれど、冬の朝9時過ぎで日が当たっていないバス停はものすごく寒いだろう。  皆、寒そうに身体を小さくして座っている。その路線がまだあまり周知されていないためか、他の路線も一緒のバス停なのでそちらに乗る為か、待っている人たちの中から5~6人が乗車してきた。  バスは普通に発車したが、経由駅のN駅まで、途中駅で降りる人はいない。  たしかに、電車でも移動できるのだがS駅からN駅だったらバスの方が早い。まして、このバスは遠回りせず、N駅へ着く路線バスだ。  まぁ、そう言う事もあるだろうと思い、バスを走らせた。  この路線は他のバスも多いので、乗車するお客さんもいなかったが不思議にも思わなかった。  ようやく最寄り駅のN駅のアナウンスをしたが降車ボタンを押す人はいない。目的は更に向こうなのか。と思ったが、N駅には乗車する客さんが待っていた。  N駅に着き、何名かの乗車客を乗せていた時だった。  降車ボタンが押されていないのに、また、運転席横の降車口に来た人がいた。 『あぁ、N駅が終点だと思っていたのかなぁ。』  と、思い、 「このバスはTセンター駅行きなのでN駅は途中駅なんですよ。なので今度から降りる時には降車ボタンを押してくださいね。」  と声をかけた。  降車口を開けて、そのお客さんを下ろすときに、さっきの風景が思い出された。 『ん?着ているもの同じジャンバー?』  だが、物理的にさっきN駅で降りた人が、かなり離れているS駅で折り返したこのバスに再び乗って、またN駅で降りる事などありえない。  俺は少しゾッとしながらも、きっと似ている服の人だったんだろうと自分を落ち着かせ、Tセンター駅に向かってバスを発車させた。  この先の路線はこのバスしか走っていないので、停留所を3つ過ぎたあたりから降りる人がぽつりぽつりとでてくる。  だが、いつもだったら乗降客の多い少し大きなスーパーのある停留所でも誰も下りない。 『なんだか様子がおかしいな。』  混雑時間帯と違って、乗っているお客さんは友達と乗っていたりして、普段だったら何か話し声や、スマホの着信音などが聞こえてくるはずなのに、妙にしんとしている。  だが、誰も降車ボタンを押さないのに、バス停で止めて確認するわけにもいかない。  おまけに通過するバス停からも誰も乗車してこない。  N駅で何名か乗せたはずなのだが・・・N駅からTセンター駅に行きたいのだったら電車に乗れば次の駅。3分ほどなのだ。この路線バスは団地をぐるりと回ってTセンターまで向かうので30分ほど時間がかかる。  ただ、東京都は75歳以上の方は年間に収入に見合った金額を支払うと、バスは1年間無料になるので、時間はかかってもお金がかからない。  お年よりは比較的時間のある方が多いので、そう言った理由でTセンターまでバスを使っているのかもしれない。  でも、乗ってきた人の中にはタッチをして、電子音がしていた人がいたはず。つまり、普通の支払いをする人もいた気がしたけれど・・・・  俺は何だかうすら寒い気持になりながらも、赤信号程度の停車時間では後方の乗客を全員確認できる位置にいないかもしれない。  それに誰もピクリとも動かないので、乗っているであろう影がぼんやりと確認できるだけだ。 「次は終点Tセンター」  俺はアナウンスボタンを押した。  Tセンターは終点駅なのでお客さんも降車ボタンを押す必要はない。  Tセンター駅で降車ドアを開いたが、誰も来ない。  お年寄りが通路をふさいでいるのか?  ようやく車両の中をしっかり確認できる。と・・しっかりミラーを見た俺はゾッとした。  俺の運転していたバスには誰も乗っていなかった。  ようやく暖かくなってきた冬の朝の日射しが差し込む、明るいバスの中には埃だけがキラキラと飛んでいた。 【了】  
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