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「私はこの翼を自由に動かすことも、鳥のように空を飛ぶこともできない。ただ、深い愛情によって翼が生まれたことを知っている。エドマンドと共に、皆の愛する北の地をより豊かにしていきたい」
傍らに立つエドマンドを見ると、眩しそうに目を細めて微笑んでいる。その笑顔にほっとした途端、ふわりと翼が広がった。大広間にわあぁ…ッと歓声が上がる。多くの者が跪き、騎士たちは揃って忠誠の礼を取った。
大広間はお祭り騒ぎになり、人々の興奮はなかなか醒めなかった。その日のうちに、城内での騒ぎは城下町まで伝わっていったという。
僕は大広間での挨拶を終えた後、エドマンドと神官長と三人でお茶を飲んだ。神官長は柔らかな笑みを浮かべながら、さらりと言った。
「人心の掌握は始めが肝心でありましょう。閣下の御判断は真に適切でありました。殿下のお言葉にも大変心打たれました」
「貴殿がすぐに出向いてくれたことに感謝する。まだ多少の混乱はあろうが、神殿の後押しがあれば安心だ。今後ともよろしく頼む」
「かしこまりました。全ては閣下と殿下の御心のままに」
(そこは、「大神の御心のままに」じゃないのか? そんなに人心に配慮しまくりでいいのだろうか……)
神殿を治める神官長は昔から老獪な者が多い。清廉なだけでは神官たちの統率や貴族たちとの付き合いができないからだ。老いた外見とは違って、足取りも軽やかに神官長は去っていった。
そして、人の口に戸は立てられない。
『王子の翼は次期当主の愛情と大神の祝福の証である』
エドマンドと神官長が流した噂は、たちまち城から城下へ、さらには噂を聞いた商人たちの口から領地の内外へと広まっていった。
城内での混乱は収まり、僕の翼に驚く者はいなくなった。廊下ですれ違う時も皆、にこやかな笑みを浮かべながら頭を下げていく。庭を散策していると、庭師から咲いたばかりの花を渡される。人々の温かさに触れて、世界が薔薇色に見えた。そう、全てが晴れ晴れとして清々しい気持ちだったのだ。
――兄である王太子が、突然王宮からやってくるまでは。
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