0人が本棚に入れています
本棚に追加
「かっら!!」
涙混じりに叫んだのは、友達の美樹。彼女と私の目の前にあるのは、器から湯気をモクモクとあげる、真っ赤なスープ。もとい激辛ラーメンである。
お店独自の辛さ表記である唐辛子マークは、最高表示の十個を超えるドクロマーク。注意書きに、『大変危険なため、身体の弱い方は注文しないでください』と大きく書かれている。
噂では、店長ですら試すことを諦めたとも。
「まぁ、確かに辛めかなぁ」
スープから麺をすくい出し、何でもないことのように啜る。
「美味し」
柔らかく、さりとて柔らかすぎず、絶妙な茹で加減のちぢれ麺には、真っ赤なスープがしっかりと絡みついている。もはや舌を刺すかのような辛み。けれども、その中には海鮮の濃厚な旨味が、しっかりと凝縮されて存在感を放っている。
激辛ラーメンとしては珍しい海鮮ベースのようだ。お腹が空いていたこともあり、一口、二口と箸がすすむ。
「あんた、ほんとどんな味覚してんのよ」
箸を置き、食べることを諦めたらしい彼女が、辟易とした顔を向けてくる。彼女も辛いもの好きだが、これは想定外だったらしい。
「私としては、普通なつもりなんだけどなぁ」
事実、辛いものは好きだけど、甘いものはもちろん好きだし、酸っぱいものや苦いものも好きだ。というか、大抵のものは美味しく食べられる。食に対してのストライクゾーンが、おそろしく広いだけだ。
でも、それはあくまで私個人の主観的な感想。世間ではやはり私は異端のようで、お店の中にいる、他のお客さんはおろか、店長と思わしき、恰幅のいいおじさんも唖然として私を見ている。
納得がいかず、小首を傾げる私に、彼女はため息混じりに呟いた。
「ハァー。それがなければ、もっとモテるだろうに」
心底残念そうな顔をする彼女に、私は「まぁまぁ」と声をかけ、スープを一気に飲み干すとお金を支払って店を出る。
雲一つない真っ青な天気は、とても気持ち良く、吸い込まれそうだ。
「じゃ、私はこのあとデートだから、ここでね!あんたも早くいい人見つけなさいよ!」
爽やかな笑顔とともに、足取り軽やかに彼女は去っていく。それを、小さく手を振りながら私は見送った。……心にチクリとしたものを感じながら。
どうやって帰ったのか、気付けば自宅の小さなアパートの中。ベランダにあるプランターには、上手く育てば食べようと植えてみた唐辛子が花を咲かせている。
真っ赤に燃え盛るような果実とは大違いな、白い小さな花。
ふと好奇心から調べた花言葉は、旧友。そして、嫉妬。
そう、嫉妬だ。
顔も知らない彼女のボーイフレンド。どんな人かも知らない。でも、ボーイフレンドの事を話す時の彼女をみるたびにモヤモヤして、胸が苦しくなる。
私が男の子だったら、どうだっただろう。私は彼女の隣にいられたかな?
昔からの友達ではなく、もっと近い存在になれたかな?
仕事が忙しくて、なかなか会えないというボーイフレンドよりも。
はらりと頬を流れたソレに気付かないフリをして、私は唐辛子に水をあげた。嫉妬の炎を消すように。
最初のコメントを投稿しよう!