真冬に咲く大輪の

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 「ヘンな子だなあって」   本日の主役の彼女は、控室で担当者に囲まれていた。支度が整えられる中、初対面の印象を聞かれて素直に口にする。 「目が大きくて。ぱっちり開いててじっと見てくるんですよ。え、なに? なにかまちがってる? って、よけい緊張しちゃって」  教育実習生としての初めての授業でのことだった。 「なのに、わりとすぐ寝ちゃって。うとうとじゃなくて、机につっぷして熟睡。体格いいから目立つんですよね」  次の日から、彼女の授業のときだけ彼は教室から消えていた。 「カンジわる~、と思って。あとでつきあいだしてから聞いたんですけど、授業に出席して寝てたら、せっかく実習に来てるのにショック受けると思ったとか言うし。出席して起きてりゃいいのにね、真顔でムリとか言うの。だからもう、あの電話がなかったら」  ろくに話すこともなく、その後の展開もなかったろう。そっか、と感慨深くあの日を振り返る。  五年、いやもう六年前かな。  放課後、最寄り駅近くのスーパーマーケットから高校に電話が入った。いつもは気さくな女性教師が、眉間にシワを刻んで応対していた。隣に座って打合せ中だったので、何事かと指導教師を見守っていると、吊り上がった眉が次第に下がり始める。  受話器を置き、指導教師は深い安堵の息を漏らした。担任の生徒が万引きを疑われたが、防犯カメラの映像で犯人ではないとわかったそうだ。それから、申し訳ないんだけど、とためらいがちに切り出された。もしイヤじゃなかったら。 「清田(きよた)くんがやったわけじゃないし、大事にはしないということだから」  迎えに行きたいが、別の生徒の保護者と面談の約束があり外せない。困った様子に、進んで代わりを引き受けた。ありがとう、と深い感謝とともに当の生徒についても聞かされた。 「ちょっと今つらいときだろうから。ヤケおこしたのかと思ったけど、よかった、カメラあって」  野球部のレギュラーだったが、練習中にケガを負って部活はやめてしまった。日常生活に支障はないものの、今までのようにはプレーができなくなったらしい。県大会優勝も狙えるチームだったしスポーツ推薦も目指していたのに。  授業初日の大きな目を思いだした。視線が重なっても逸らさない。でもなんか、ヘンなんだよね、なんていうか、ホントにこっち見てるのかなって気がする、不思議な瞳。  連絡のあったスーパーに駆けつける。バックヤードの事務室で、二人並んで店長に頭を下げた。保護者の立場になるのだが、清田という生徒の方が自分よりも顔半分背が高い。  店の外に出るとほっと息が漏れ、ショルダーバッグから水のペットボトルを二本とりだした。 「よかったら」  一本さしだすと、大きな目が丸くなる。 「走ってきたから喉乾いて。暑いし、一人で飲むのもなんだからさ」  六月になったばかりで気温は既に真夏に達している。生ぬるく漂う蒸し暑さは手で仰いだくらいで払えもしない。  ぺこりと軽く礼をして、彼は駐輪場に停めていた銀色の自転車に向かった。 「おうちの買い物?」  カゴに入れたスポーツバッグの隣のエコバッグを指すと、こくりと肯いてペダルに足をかける。 「待って」  少し話したかった。 「送るよ。って言っても、私歩きだからつきあわせちゃうけど」  幸い、特に嫌がる様子もなく、彼女が目の前の横断歩道へ向かうと引きとめられた。 「こっち」  お。しゃべった。自転車を歩道にのせて押す彼を追いかける。愛想はなくても、反応はしてくれる。自動車の多い道路に沿った歩道は幅があり、彼の横に並んでも十分余裕があった。  しばらく横顔を眺める。ヤケとか、そういうとげとげしいカンジはないんだけどな。

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