1.王女殿下御一行様

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1.王女殿下御一行様

イナス子爵の治める領地は国内外に知られた温泉地であり、王侯貴族の静養地として栄えていた。 しかし先の大嵐の影響で、多くの宿泊施設や温泉施設に被害が出てしまった。 幸いにも子爵が住まう屋敷兼静養施設に被害はなく、以前からイナス領での滞在を好んでいた王女サフィア直々の申し出もあり、彼女の訪問は予定通り受け入れることになった。 子爵は今までの蓄えを放出し、被害を受けた施設の修繕費を無利子で貸し出していた。しかしその申し込みは後を絶たない。多忙の中、サフィアの滞在を受け入れたのは少しでもその利益を修繕資金に回したかったからだ。もちろんサフィアのほうもそれを心得ていて、今回は資金提供の意味を込めての訪問であるため、もてなし不要との通達を出している。 それを受け、今まではサフィアの対応は常に子爵が中心で動いてきたが、今回は彼の娘であるエルシーナが担当することになった。 サフィアはイナス領を気に入っていて今までに何度も訪れている。エルシーナとは年齢が近いこともあり、親しい間柄であった。だからエルシーナは父から王女の世話役を命じられても、動じることなく承知した。 「かしこまりました。王女殿下には快適な時間を提供できるよう、尽力いたします」 ある日の昼下がり、サフィア一行がイナス邸に到着した。 エルシーナを先頭に使用人の全員が歓迎のために一列に並ぶ中、王女専任の騎士であるレイナルト・ヒューゲンが差し出したエスコートの手を借りて、王女サフィアは馬車から降りた。 「エルシーナ、今回も厄介をかけます」 「王女殿下に心地よいお時間を提供いたしますこと、お約束申し上げます」 エルシーナの心からの言葉にサフィアは微笑むと、そのままレイナルトにエスコートをさせ、案内役のメイドに続いて屋敷の中へと入っていった。 サフィアが立ち去ったところで、エルシーナは彼女に付いてきたメイドや護衛たちに部屋を案内した。 「女性のみなさんはこちらの棟をお使いください、男性はこちらを」 「レイナルトの部屋はどこになりますか?」 この場にいない彼の為に同僚の騎士に聞かれ、エルシーナは笑顔で答えた。 「ヒューゲン卿には王女殿下の隣の部屋をご用意してございます」 エルシーナの返事に騎士も笑顔で、 「ありがとうございます」 と言った。 護衛とはいえ、異性の騎士であるレイナルトがサフィアの隣の部屋を使うなど、本来なら首をかしげたくなるかもしれない。しかしサフィアが彼を寵愛していることは社交界では有名な話だった。 この世界の貞操観念は薄く、婚姻の際、女性に処女であることは強く求められない。とはいえ、托卵はさすがに容認されない為、婚姻前の三か月ほどは互いが用意した医師によっての診察が行われる。その期間で妊娠していないことはもちろん、健康状態の確認もし、男性側も相手の医師による健康観察の期間を経て婚姻に至るのだ。 つまりサフィアがレイナルトと男女の仲にあっても避妊にさえ気を付けていれば、婚姻に差支えはない。サフィアお気に入りの彼に隣の部屋をあてがうことは無礼でもなんでもなく、むしろ、王宮という堅苦しい場所から羽を伸ばしてのびのびと過ごしたいであろう彼女への心遣いである。 レイナルトの同僚が礼を言ったのもこの配慮に感謝してのことであり、なんら、おかしなことではなかった。
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