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「美咲、聞いてる?」
千夏に顔を覗かれ、はっと我に返った。
「美咲は恋バナとか興味ないもんねぇ」
隣にいた朱里が茶化す。
「そんなことないよ。人並みには興味あるよ」
何だか馬鹿にされた気がしてムキになって返すと、
「え! 美咲、好きな人いるの!?」
と千夏が食い付いてくる。
ヤバい、墓穴を掘った…。
「そうじゃないけど、恋愛には興味あるってこと!」
とりあえずその場をごまかすが、本当は去年から片思いの相手がいる。
それが、今まさに話題に出ていた陽真くん。
『陽真くん、好きな人いるんだって!』
という千夏の言葉から始まった女子トークは、陽真くんが今年に入ってすでに5人から告白されていることや、先日告白した3組の森さんを「好きな人がいる」という理由で振ったこと、その好きな人とは恐らく同じクラスにいるらしいということまで事細かに教えてくれた。
「まぁ、本当かどうかはわかんないけどね。告白断るための嘘かもしれないし」
そう言う朱里の言葉に同調しながらも、私は胸の鼓動が早まるのを自覚していた。
陽真くんはカッコよくていつもクラスの中心にいるような人だから、私みたいな地味な女子からすれば高嶺の花。ただ憧れているだけでいい、見ているだけでいい、そう思っていた。
その思いが変わったのはつい最近のこと。陽真くんのSNSの裏アカウントを見つけてしまってからだ。
『日直でゴミ捨て行ったら、カラスに糞落とされた。最悪。』
その投稿を見つけたのは本当に偶然だった。それを見た時、その現場を目撃していた私はすぐに陽真くんのアカウントだと確信した。だって、日直でゴミ捨てに行ってカラスに糞を落とされる人なんて、1日に何人もいるはずはない。
そのアカウントはフォロワー数も少なく、投稿内容も大衆向けというより本当に"つぶやき"という感じのものだった。
『これからゴリラの授業、だりぃ』
『このボールペン書きやすい』
『昨日はあんぱん、今日はメロンパン。明日はたぶんクリームパン』
その"つぶやき"を見ていると、彼の私生活や本音を知ったような気持ちになって、ちょっとした優越感を抱いた。
そんなある日、ある投稿が私の心臓を止めた。
『みさき可愛い』
たったそれだけの投稿。
もちろん、この「みさき」が誰のことかは分からない。だけど、このクラスで「みさき」という名前の女子は私1人で、その投稿を見てからというもの陽真くんのことを意識してしまっているのだ。
だから今日も、「陽真くん、好きな人いるんだって!」という千夏の言葉に、私は平静を装いつつも内心はその噂の真意を探るのに必死だった。
好きな人がいる、同じクラス、"みさき"…。
いやいや、自意識過剰かもしれない。"みさき"なんて芸能人にも沢山いるし、はたまた猫とか犬とか、そういうのかもしれない。
でも、もしもこれが私のことだったら…!!
この数日はそんなことばかり考えてしまうのだ。
そんなこんなで授業中も集中できなくなってしまった私は、文化祭の担当決めで気がつけば大道具担当になっていた。本当は陽真くんと同じ係が良かったのに、陽真くんは小道具担当だった。ぼーっとしていた自分を恨んだ。
画用紙で器用に花を折る陽真くん。
私は教室の反対側から、小道具係の数人が楽しそうに作業する様子を見つめる。綾乃ちゃんはチラチラと陽真くんを見ながら顔を赤らめている。きっと陽真くんのことが好きなのだろう。
いいなぁ。私も一緒にお花折りたかったなぁ…。
「深前、上手いじゃん! さすが美術部!」
隣の朱里の声につられて前を見ると、美術部の深前くんが木を描いているところだった。私たち大道具係は今、演劇の背景セットを作っていた。単色の緑じゃなくて、様々な色を加えて描かれたそれはまさに絵画のようだ。
そう思った時、昨日の陽真くんの投稿を思い出した。
『ルノワール、綺麗な絵。』
陽真くんが絵にも興味を持っているなんて意外だったけど、そんな陽真くんの一面を知って、もっと陽真くんのことを知りたいと思った。
陽真くんが好きな絵って、どういう絵なんだろう…。
そう思った私は、気付けば深前くんに話しかけていた。
「深前くんはルノワールって知ってる?」
「ルノワール? もちろん知ってるよ。とても有名な画家だよ」
「そうなんだ。どんな絵なの?」
「優しくて温かい絵だよ。俺も好きなんだ」
「へぇ! 見てみたい!」
「俺、画集なら持ってるけど…。あれ? ここに置いていたはずなのに…。ごめん、今ちょっと見当たらないや。ルノワールの絵がある美術館なら知ってるけど」
「本当?」
深前くんからその場所を聞こうとした時、後ろから肩を叩かれた。
「何? 美術館? もしかしてデートのお誘い〜?」
千夏だ。
「ちょっと、そんなんじゃないよぉ!」
否定するも、
「2人でコソコソ話して怪しい!」
なんて、朱里まで野次を飛ばす。
「だから違うって!」
2人にむくれてみせるとゲラゲラと笑い声が響いた。
その時ふと視線を感じて教室の奥を見ると、陽真くんと目が合った気がした。何だか少し怒っているようにも見える。ドキリとしたが、すぐに視線は逸らされて陽真くんはまた花を折り始めた。
何だったんだろう…。
その夜、家に帰ってスマホを開くと、陽真くんの新しい投稿があった。
『ムカつく。俺も大道具にすればよかった。』
その投稿があった時間は丁度私達がふざけ合っていた頃だった。
もしかして、ヤキモチ…?
私が綾乃ちゃんたちを見て抱いたのと同じように、もしかして陽真くんも一緒に文化祭準備をしたいと思ってくれたんだろうか?
いや、やっぱり自意識過剰かもしれない。でも、でもでも、もしも陽真くんが私のことを好きでいてくれたら、もしも陽真くんと付き合ったら…。
デートして、映画を見たり、お洒落なお店でご飯を食べたり、それこそ美術館に行ったり、家でゆっくり過ごすのもいいなぁ。陽真くんのお家はどんな家だろう? ご家族は? できればお母様とも仲良くなってゆくゆくは結婚…! なんて、どんどん妄想が膨らんでいく。
陽真くんの本音のつぶやきを見ていると、もっとその本心が知りたくなる。
陽真くん、陽真くん、陽真くん…。
頭の中が陽真くんでいっぱいになる。
毎日陽真くんのことばかり考えて1ヶ月が経った。私はついに新婚旅行の行き先まで考える始末…。
そんなある夜、陽真くんが新しい投稿をした。
『みさきが隣で寝ている。幸せ。やっぱり赤い首輪がよく似合う。』
何だ。"みさき"ってやっぱり犬とか猫とかだったんだ…。
そう思うと自分の勘違いが恥ずかしくて、穴があったら入りたいくらいだった。
次の日、その羞恥心からか、陽真くんはいつも以上にキラキラして見えて眩しいくらいだった。
あぁ、カッコいい。やっぱり陽真くんのこと好きだなぁ。もともと片思いだったんだし、見ているだけでいいと思っていたくらいだ。別に振られた訳でもない。まだチャンスはある。そう思い直した。
「担任の林先生は今日から産休に入られます。代わりに私が皆さんのクラスを担当することになりました、永田由紀恵です。よろしくお願いします。では、皆の顔と名前を覚えたいので、今日は1人ずつ出席をとりますね。…アサイハルマくん」
「はい」
名前を呼ばれた陽真くんは、立ち上がって返事をし、着席をした。礼儀正しい陽真くん、やっぱり素敵。皆も陽真くんに続いて、名前を呼ばれると立ち上がって返事をした。
「フカマエケイタくん」
「先生、違います」
先生の呼びかけに反応したのは学級委員長だった。
「フカマエじゃなくて、ミサキです。深い前と書いてミサキ。ミサキケイタ。まぁ読めないから、皆からもフカマエってあだ名で呼ばれてるけど。そう言えば、今日はまだ来てないみたいです」
委員長の言葉を聞いて深前くんの席を見た。本当だ、深前くん、今日は休みかな?
「あら、そうなの。ミサキくんね。何かあったのかしら? 後で確認してみますね。…じゃあ次、モリカワミサキさん」
「はい」
私も皆に習って立ち上がる。
窓から心地良い風が吹き、髪を攫う。
今日もいい天気だなぁ。
そう思いながら席に着いた。
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