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そして石畳の小道をしばらく進むと、時の流れに取り残されたかのような古びた日本家屋が姿を現した。
「こちらは二十年前までは本邸として使用されておりました。先ほどの西洋館が完成になってからはほとんど使用されていないままになっておりましたが…」
そう言って穏やかに説明する楠上の声には、寂しさのような複雑な色が滲んでいる。
かつて綾羅城家の本邸であったという建物は、今は見る影もなかった。
雨樋は錆びつき、窓の木枠の一部は朽ちている。軒先の漆喰はところどころ剥がれ落ちて無残な姿を晒していた。
庭の植木も手入れが行き届いていない。
かつての格式を思わせる庭石や石灯籠もすっかり苔むして、伸び放題の雑草の中に埋もれている。
「さあ、どうぞ」
楠上が玄関の戸に手をかけた。
ギ……ィ……
木材が軋む、重く嫌な音が響く。
建てつけの悪くなった扉は容易には開かず、楠上が力を込めて押し開けるとそこから冷たい空気が漏れ出してきた。
文緒は足を踏み入れると、埃っぽくじめじめと湿り気を帯びた空気が鼻をついた。
草履を脱ぎ、廊下に上がって奥へと視線を向ける。
一部が破れたままの襖と古びた畳の匂い。
雨戸はどこもすべて閉ざされていて、わずかな光が隙間から差し込むだけだった。まだ夕方にもなっていないのに、夜のように暗い。
家全体が息をしていないかのように、ひっそりと静まり返っている。
「あの、本当にここに空黎様が……?」
信じられない思いで呟くと、楠上がはい、と頷いた。
「左様でございます。本館にご自身のお部屋もございますが、二年前に呪病を発症され――その症状が酷くなって参りました頃からは、ずっとこちらに」
楠上が目が一瞬だけ伏せられるのを見て、無意識に袖を握りしめる。
冷たく湿った空気が肌を撫でて背筋がぞくりと震えた。
「ですので、文緒様のお住まいもこちらの旧邸になります」
彼は文緒の表情を気遣うように見つめ、
「どうか、ご不便をおかけいたしますが……」
と付け加えた。
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