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プロローグ
「先生、さよーなら!」
「はい、さようなら。気を付けて帰るのよ」
「はーいっ!」
小さな手を振る子供たちに柚木香澄は笑顔で手を振り返した。
香澄がやっている書道教室は実家の敷地の中にある別棟で行われている。
平屋の小さな別棟が香澄のお城だ。
自宅の玄関と教室の出入り口は完全に別になっているので、家人に迷惑をかけることもない。
平屋の中は畳敷きの部屋になっていて、教室の時はマットを敷いてテーブルと椅子を置いている。
香澄が書道をするときは畳が汚れないように同じくマットを敷いて作業をすることもある。
香澄は書道家でもあった。
実家は地元で不動産業を営んでいるので、香澄が仕事をしなくてもそれほど困るわけではない。
けれど地域の人たちのために書道を教えることが香澄は好きなのだった。
教室の入り口で子どもたちを見送って、玄関から中に入るとスマートフォンが着信を知らせていた。
誰からの着信か確認するため手に取ると、同じ敷地の中にある実家の母からの着信だ。
香澄は長い黒髪をさらりと背中に流し少し考えたあと、そっとスマートフォンを玄関に置いた。片付けをしてすぐに母屋に戻るので連絡は不要と考えたのだ。
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