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貝殻の音
その博物館では誰もいない時にも誰かの話し声が聞こえるという。
カタコト、コト、と化石がうっかりぶつかり鳴る音ではなく。
カチカチ、コチン、と水晶が揺れる音でもなく。
「きっとそれはあの八階の天文学の展示棚ではないかしら」
「その展示棚には何があるの?」
「三百年前に落ちてきた彗星の欠片が」
「彗星は畑に落ちてきたのだっけ」
「いいえ、畑の近くの川に落ちたの」
「そう、畑の近くの川に落ちたのね」
「彗星の欠片は川に落ちて、川の底の石とぶつかってしまったの」
「ぶつかって、それから……」
それまでひっそりしていた地下の海洋動物の展示室に、ふいに人影が多くなった。
「わあ、大きい」
「鯨だ」
「イルカもいるよ」
一クラス分の子どもたちが口々に歓声を上げながら展示室の奥へ奥へと流れてくる。
「きっちりと、大人らしく並びなさい」
この春に小学校の上がったばかりの子どもたちは眼鏡の先生の注意をまじめにきいて、二列に並んで手をつなぎ歩きはじめた。
天井から下がる大きな模型の海洋動物は子供たちの視線を詰め物で膨らんだ腹で受け止めて、コポコポと、深海を模した水音がスピーカーから低く流れている。
「見るべきものは天井だけではありませんよ」
先生の声を聞いた子どもたちは素直に視線を周りに向けた。
やわらかな腕を伸ばしたウミユリやヒトデやウニの白く細やかな石灰の骨格は、けれどあまりに静かすぎた。子どもたちには彼らがいったい何を語っているのか、まったく聞き取ることができなかった。
潮が引くような慌ただしさで子どもたちは海洋動物の展示室から去っていき、コポコポと、深海を模した水音だけがスピーカーから低く流れている。
「……川に落ちた彗星は」
「彗星は欠片になって川に落ちたの」
「彗星は川ではなく海に落ちればよかったのに」
「海に落ちればここで私たちといっしょに」
カタコト、コト、と化石がうっかりぶつかり鳴る音ではなく。
カチカチ、コチンと水晶が揺れる音でもなく。
白く滑らかな南洋の貝殻が、隣り合う縞模様のオウムガイの殻と、コトリコトリと体を揺らして八階の天文学の部屋を夢見て語り合う。
その博物館では、誰もいない時に、誰かの話し声が聞こえるという。

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