三角コーン

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三角コーン

 その三角コーンには三分以内にやらなければならないことがあった。  ガタガタと軽トラで運ばれていった工事現場に下ろされた時。そこから三分間がその三角コーンに許された時間だった。  いつから自分にその三分間が与えられるようになったのか、三角コーンは知らない。そもそも誰がそんな能力を三角コーンに与えたというのだろうか。何の変哲もない、工事現場によく置かれている赤いプラスチックの三角コーンである。  これといって他の三角コーンと変わるところはない。少しだけ、色がくすんでいるかもしれない。だがそれはその三角コーンが製造された時を考えれば自然な、どころか驚くべき特徴だった。  三角コーンはだいたい三十年前にとある町の小さな工場で作られた。  ポンポンと景気のいい音を立てて次々とピカピカに赤い三角コーンが作られてベルトコンベアに乗せられ運ばれていく。その三角コーンは作られたばかりの時は他の三角コーンと何も変わらなかった。  同じロットの仲間たちと同じ工事会社に納品されて、三々五々に現場へ連れ出されていく。あるものは山林の整備に、あるものは河川の土砂の掘削現場に、あるものは海辺の護岸工事に。  現場の仕事の途中に一度会社に戻されて、今度は違う現場に連れ出されることも珍しくはない。それどころか別の会社の三角コーンがしれっと紛れていることもある。  いつぐらいからだっただろうか、三分間の魔法とも云うべき能力がその三角コーンに備わったのは。  行っては帰り、行っては帰るの日々だった。  転がり落ちてきた重い材木がぶつかって、バックしてきたダンプカーに潰されて、海に落ちたまま塩水に浸食されて、同期の三角コーンはぼろぼろといなくなっていった。代わりに次々とピカピカに赤い三角コーンが工場から補充されるので、工事会社の三角コーンの数は減りもしないし、増えもしない。  三十年使い続けられた三角コーンは、なぜ三十年も自分が無事なのか分からなかった。そもそも三角コーンなのでそんなことは深く考えない。ただ周りのピカピカに赤い三角コーンがしだいにくすんで、欠けて、凹んで、やがて別の新しくピカピカに赤い三角コーンが補充されるのを眺めているだけだった。  三十年。その年月のいつからか、その三角コーンには三分間の魔法とも云うべき能力が備わった。大した能力ではない。ほんの、ほんの少しだけ自分で動くことができるのだ。  そうはいってもたかだか二、三センチメートルである。周りに気づかれることは無い。しかも動くことができる、というだけで、どのように動くかは三角コーン自身もわからない。ただ現場に置かれた最初の三分間、自分の意志(というものが三角コーンにあるのなら)で動くことができるのだ。  その自由意志の三分間こそが、その三角コーンが三十年の使用に耐えられた理由だったのかもしれないし、誰かがそれを検証するためにただの三角コーンに三分間の自由な意志を与えたのかもしれない。  ただやはり三角コーンなので、そんなことは分からなかった。  だからなにかに急かされるよう、三角コーンなりの義務感で今回も三分間を命一杯に使い切ろうと頑張ったのだ。ほんの少し、小石の上に乗り上げる。ほんの少し、斜めになって。そうして上目遣いに空を見上げる。  三分間はあっというまに過ぎ去って。 「誰だまったく、こんな置き方をするなんて」  ひょい、と作業員の手に掴まれて三角コーンは平らな地面に置き直された。最初の魔法の三分間は過ぎ去って、少しだけ色がくすんでいる三角コーンは置かれたその場で沈黙した。  次の現場の三分間を夢見るような思想など三十年経った三角コーンは持ち合わせてはいないのだった。

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