第八章 扉の鍵

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 女はハンカチを握りしめると、そっと涙を拭う。 そうして、小さく微笑しながら言った。 「千夏。 貴方は、相変わらず、強いわね」  一見、嫌味にもとれる言葉である。だが、そう感じられないのは、彼女の性格を自分がよく知っているからか。 「私は強くなんてないわ……ただ…約束したの」 「約束? 誰と何を約束したの?」 そう言うと、不思議そうにこちらを覗きこむ彼女がいた。その目はまだ、涙が滲んでいる。  多分、溢れてとまらないのだろう。  まるで、数日前の自分のようだと千夏は思った。 女を見つめ、千夏は言う。 「私自身とよ。 いつまでも泣いてても何も進まないから……全部片付くまで、泣かないって決めたの…」 「そう…じゃあ、貴方はやっぱり強いんだわ。 私には無理だわ…。 あの子が死んだなんて、考えたくない。 今だって、私、間違ってるのかも知れないって思ってるのよ」
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