第八章 扉の鍵

20/30
前へ
/443ページ
次へ
 話せると言いたい。彼女のようにはっきりと断言したい。 けれど、それはできなかった。 しようとすれば、あの日の赤がちらつく。瞳の奥にこびりついた悪夢が、千夏の体に吐き気だけを増幅させていた。  そのことに気付いているのか、水城は呆れた顔で溜め息をつく。 その瞳ができる訳がない。と語っている。 「姉さんは、意地悪よ」 気持ち悪さの中、やっとのことで発した言葉は、姉に対する非難の言葉でしかなかった。 「でも、誰かが言わなきゃ気付けないでしょう? 貴方は自分が思っているよりも、限界なんだって。 ……泣かないって決めたなら、無理に泣けとは言わないわ。 でも、このままじゃ貴方は壊れてしまう……私が怖いのはね、私にとっての大切なものが壊れることよ……」 「姉さん…」 「私は本当に、貴方が大切なの」  水城はそう言うと、分かってくれる?と首を傾げた。優しい姉の言葉に千夏は黙ったまま頷く。  彼女の言いたい意味は痛いほど、分かった。どれほど心配してくれているのかも。  けれど、調べることは止められない……。 止めてはいけない。 そんな気がするから……。 「姉さんの気持ちは嬉しいわ……心配してくれて、ありがとう。 でも、私……止められないの…」
/443ページ

最初のコメントを投稿しよう!

321人が本棚に入れています
本棚に追加