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1話
平日、休日問わず、酒場には仕事を終えた冒険者たちが集まる。
冒険者は自営業なので、いつ働いていつ休むかは個人の自由。ただし、受けていた仕事が完了した日には必ず酒を飲む、というのが冒険者たちの暗黙ルールになっている。
冒険者の仕事はハードだ。ダンジョンで強力なモンスターと戦ったり、戦争に傭兵として駆り出されたり、命のやり取りをする場面に多く遭遇し、肉体的にも精神的にも追い込まれるため、酒がないとやっていけないのである。
酒を飲んで酔えばつらいことをなんて一瞬で忘れられる。今日あった嫌なことは明日の朝にはまったく覚えていない。
今日もこうして、不満をいっぱい抱えた冒険者が酒を飲んでは愚痴を吐きまくっていた。
「お前は今日限りで追放だ!!」
これも冒険者の常套句。この酒場でも何度聞いたか分からない。
表向きは言葉の通り、パーティーやギルドなどの組織を追放するという意味である。しかしあまりにも使用頻度が高いため、「お前の顔など二度と見たくない」という意味になってしまっている。
喧嘩文句である「死ね」「絶対許さない」「おととい来やがれ」のようなもので、本来の意味がだいぶ薄れてしまった。
また、冒険者によって「必殺技」といえるものを持っているが、相手を必ず殺すとは限らない。
この冒険者はそんな発言と同時にテーブルを激しく叩いたため、皿が跳ね上がって、食べ物が宙に浮いていた。
食べかけの肉やサラダ、そして酒が無惨にも床に飛び散る。
一揃いの上等な鎧を着込んでいることから、かなりの腕前を持った冒険者ということが分かる。腰には立派な鞘に差した剣が下がっている。
精悍な顔つきで、鎧の下に潜む筋肉も隠せないほどに立派だ。年齢は20代半ばぐらいだろう。仕事の成果が出始め、新たな挑戦を始めたいと思う、冒険者として一番やんちゃな時期である。
「おいおい。ネビル、飲み過ぎだぞ」
ネビルに追放だと罵られた男は、まともに取り合うことなく、落ちた食べ物を拾い始める。
年齢は同じぐらいだが、こちらは対照的に線が細くて軽装。革でできた動きやすい鎧で、腰には手斧を下げていた。
真面目そうできちんと仕事をこなしてくれそうな雰囲気がある。一方で、冒険者らしい陽気さはなく、暗い印象もある。
ネビルは大の酒飲みで、酔うと急に口が悪くなることは、このパーティメンバーはもちろん、酒場に通う多くの客も知っていた。
だからこの時周りにいた客も、「また騒いでるな」というぐらいの認識でこの様子を見ていた。
「ジョアン、無視すんなよ! 今日は本気だぞ!!」
「はいはい」
「お前が無能だから毎回苦労するんだ! 今日も死にかけたんだからな!!」
「分かった分かった。その話はまた今度にしようぜ」
ネビルは語気を強めるが、ジョアンは耳を貸さず、片づける手を止めようとしない。
今日の戦闘においてパーティが潰滅しかけたのは事実。だが、ジョアンが特別足を引っ張ったということはない。単純に状況が悪く、対処のしようがなかったのである。
実際、今回受けていた護衛任務は成功して報酬を受け取っている。だからこうして酒を飲んでいるわけだった。
けれど、そう伝えず、取り合わなかったのが悪かったのだろう。ネビルは突然、椅子を豪快に倒して立ち上がった。
額にはいくつもの青筋が走っている。
「ネビル! ちょっと落ち着いてよー!」
「なんだ、エリカはジョアンの肩を持つのか!?」
「そ、そういうわけじゃなくて……」
間に入ってネビルを止めようとしたのは、パーティの紅一点であるエリカ。
ネビルが酒を飲んで叫ぶのはいつものことなので静観しようと思ったが、状況が悪化しそうだったため止めに入ったのだ。
彼女は20才前半の若い女性で、司祭のような白い服を着ている。だが実際には司祭ではなく、祈祷師である。
司祭は国家公認のジオマンス教の宗教者が名乗れる称号。エリカも帰依して、ジオマンス神の加護を得られるが、職業として正式に認められたものではなかった。違法という意味ではなく、単純に野良の宗教者なのである。
神の力を代理で行使、神秘を起こして戦うことができるため、エリカのように冒険者になる者も少なくない。
ちなみに宗教的な理由でお酒は飲まない。
「お前も裏では俺も馬鹿にしてんだろ? グルになりやがって」
「違うって! お酒での揉め事は、ジオマンス神の最も嫌うところだから……」
体が小さく、荒事が得意でさそうなエリカは、ネビルが酔った勢いで絡んでくるのでたじろいでしまい、泳いだ目は四人パーティの残った一人に向けられる。
だが、その人物はこのトラブルにまったく興味を示すことなく、酒をちびちびと飲み続けていた。
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