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Ⅰ
「琴音さん、お勤めご苦労さまです」
「……ただいま」
家に帰ると家族以外の男がいて、独特の出迎えをされる。もうこれだけで私を取り巻く環境が普通ではないと分かる。
しかも、その堅苦しい独特な挨拶はやめてって言ったのに。浮かれた旅行気分から現実に引き戻されて少し気分が悪い。
だからと言って悪気のない彼を咎めるようなことはしない。それは習慣だから。代わりに相手の顔をじっと見つめてみた。
「なんですか?」
「私の言いたいこと、分かる?」
「……あっ、おかえりなさい」
無言の圧をかけると伝わったらしく訂正してくれた。この子は若くて素直なだけまだ扱いやすい。見た目は恰幅がいいし目付きが悪くて明らかにカタギの人間じゃないけど。
「よかった、はいお土産」
「俺に?ありがとうございます」
お土産を差し出すと厳つい表情に綻びが生まれる。しかし受け取った直後、不意に険しい顔になって辺りをキョロキョロと伺い始めた。
「いいんですか、紫音さんや凛太郎さんより先にいただいて」
「いいの、凛太郎は私に関心がないから。だけどお兄ちゃんに見つからないようにね?」
「はい、すぐ隠してきます」
声を小さくして尋ねてきた彼に笑って忠告をすると、大きく頷いて小走りに廊下に向かった。
私は振り返って鍵を閉め、ようやく靴を脱いで家に上がった。
1階の廊下の窓には鉄格子があり、そこから覗く庭には防犯カメラが設置してある。鉄格子の隙間から外を目やるとガラの悪い警備員が数人立っている。日本らしからぬ厳重な造りと警備の建物。
一般常識を持つ日本人なら我が家を見て察することができるだろう。私がヤクザに関わりのある人間だと。
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