風呂キャン女子と男子高校生のバスタイム

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 後川陣(うしろがわじん)は、収まりきらない足をバスタブの外に放り出したまま、両目の上に乗せたタオルを抑え直した。洗い場からは、シャワーが床を叩く音に加えて、ご機嫌な鼻歌が聞こえてくる。タオルで切れ長の双眸を覆った陣は、風呂場に入ってからずっとその歌声を聞き、瞼の裏の暗闇を見つめているのだった。  その様子を、この部屋の住人、――羽山氷(はねやまこおり)というアラサー女性は、愉快そうにからかった。 『いい歳のおばさんの裸に興奮なんかしないでしょうに。陣君モテそうなのに、もしかして童貞?』  挑発するような言葉を投げ掛けられても、陣は何も返さなかった。  理由は二つ。  一つめは、童貞であることは間違いないからだ。  高校二年生の今まで、野球にしか興味が向かなかった。男女どちらからも告白をされたことはあるが、全て丁重に断わっている。自分が童貞であることも特段気にしたことは無かった。それで人より劣っているという価値観は持ち合わせていなかったのだ。  そして二つめ。氷の言う『おばさんの裸』に興奮しない、わけではないのだ。果たしてアラサーがおばさんなのかは分からないが、以前見た、湯けむりの中に浮かぶ彼女のシルエットは、柔らかそうな凹凸が扇情的だった。とくに胸元の白い膨らみは、例えて言えば肉まんのようで、唾を飲み込む音が響いてしまわないか心配になるほどだ。好きなものをたんと食べて育まれたような下腹部や太腿も、年齢相応の妙な生々しさがあって好感が持てた。根っからストイックな性格の陣には無い、自分自身への甘やかしが垣間見えるのが、可愛らしくさえ思えた。  よって、静かに図星をつかれた陣は、ただただ黙って、同じ空間にいる置物と化していた。  そんな彼に、体のどこかをボディタオルで擦っていたらしい氷が声を掛けた。  シャワーはいつの間にか止まっていた。 「野球、よく知らないんだけどさ」  氷の声が狭い風呂場に響く。  陣は汗を拭いながら「はあ」と間の抜けた声を返した。 「ポジション……ていうの? どこなの?」  シャカシャカと泡の立つ音が続いている。  陣は見えない目を真上に向けて、 「キャッチャーって、わかります?」 と訊いた。 「ええと、ヘルメットを着けて、球を取る人だよね」 「はい、それです」 「チームに一人しかいないんだよね。大変だね」 「まあ、部内には何人かいますけどね」  そっかあ、と氷は柔らかい口調で笑った――ように聞こえた。  多分、本当に野球のことなど知らないのだろうけど、仕方なく付き合わさせている年下の子どもの暇を埋めてやらねばいう気遣いが感じられて、陣は胸の中がくすぐったくなった。  シャワーの音が再び聞こえてくる。  何となく、氷の様子を窺いたいと思った。  目の上のタオルを親指で僅かに押し上げ瞼を開ける。  薄目で正面の鏡を見ると、バスチェアに腰かけた氷が、首元にシャワーを当て、胸元を撫でているところだった。  やおら、鏡の中で彼女の胸の飾りと目が合う。  暖色の照明に照らされても薄桃色とわかるそれに動揺した陣は、湯舟の中で腰を抜かして頭から崩れ落ちた。唐突に溺れ始めた陣に気付いた氷が、バスタブの傍に屈み、両手を伸ばす。  その手が陣の背中にまわされる。 「大丈夫?」  女性のわりには強い力で引っ張り上げられ、ようやく水面から顔を出した陣の視線の先にあったのは、先ほど見た彼女の豊かな乳房だった。濡れて艶やかに揺れるそれは、陣の心臓を射貫くには十分に刺激的だった。しかもいい匂いがする。ボディーソープと湯の匂いが鼻腔を通って、脳みそを酔わせているみたいだ。  うぐっ、と陣は喉を絞められたような声を出しながら、反射的に顔を背けた。  氷に抱れているような体勢なので、逃げ場がない。力の抜けた声で「だいじょうぶです」と答えるのが精一杯だった。  耳孔に甘やかな声が注がれる。 「のぼせたんじゃない? そろそろ上がる? 私も洗い終わったし。あ、手を貸すよ。転んだりぶつけたりしたら大変だからね」  細い吐息に肩ビクビクと震え、肌が粟立つ。  湯に浸かっているだけではない理由で、頬や体が熱かった。  陣は氷の二の腕を押し返しながら「だいじょうぶです」と繰り返した。 「一人で上がれますから」 「そう? 心配だなあ」  陣が証明するように重心を整え、体を起こす。  すると傍にあった氷の気配がようやく離れ、熱の籠った空間に、北風のように冷たい空気が入り込んできた。いまだに顔を壁に向けてはいるが、氷の足が、毛の長いバスマットに乗ったのがわかった。 「開ければ少しは涼しいよね。ゆっくり出ておいで。ダメそうだったら手を貸すから」  風呂場のドアを開けたままの脱衣所で、氷は悠々と体を拭いていた。そして着替えもせずに出て行った。そういえば入浴前、彼女の着替えの衣類が準備されていなかったことを陣は思い出した。自分のぶんはそこにあるはずだが。  陣は氷がいなくなったことを確認して、バスタブから腰を上げた。本当にのぼせかけていたようで、頭がくらくらする。緩慢な動作で肌の水分を拭き取りながら、陣は体内を冷やすために深呼吸を繰り返した。  そして突如――激しい音を立てて引き戸が開いた。 「ハイボールとビールどっちがいーい?」  一糸まとわぬ姿の氷が戸口でグラス掲げ、陣に問い掛けたのだった。 「いや、頼むからまじで服着て下さいよ! ……てか未成年だし!」  陣は顔を青ざめさせて、持っていたバスタオルを氷に投げつけた。そして速やかに着替えを済まし、逃げるように彼女の部屋を出て行ったのだった。  

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