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私は今日、彼に伝えなければならないことがある。
卒業式のあと、最後のチャイムが鳴る。教室では胸に花をつけた生徒たちが会話をしつつ、廊下に出始めた。私は席を立つと目的の人物である、深山蓮(みやま れん)に声をかける。
「深山くん、伝えたいことがあるの。いいかしら?」
私が彼に話しかけると、周囲の生徒たちはひそひそと話し始める。
「あの桐島さんから話しかけるなんて」
「もしかして、告白?」
周囲の騒ぎに深山くんは少し恥ずかしそうだった。
桐島透華(きりしま とうか)。この学校で知らない者はいない、美貌と知性を兼ね備えた完璧な生徒会長。今の私はそういうことになっている。事情があるとはいえ、正直私自身も困惑していた。
やがて、羨望の眼差しで向けながらも、クラスメイトたちはそそくさと廊下に出た。まるで、邪魔しないようにと言わんばかりだ。一方、深山くん自身は一人の女子生徒に話しかける。
「終わったらすぐ行くから。真奈は廊下で待ってて」
彼が声をかけたのは幼馴染の海野真奈(うみの まな)。彼女はうなずくと、教室をあとにした。
二人きりの教室は先ほどとは違い、静寂に包まれる。
「みんなびっくりするぐらい律儀に出ていったね」
深山くんが苦笑する。
「そうね。それは当然でしょうね」
私の呟きに首を傾げた。深山くんが不思議そうにするのは無理もない。
そして、改めて正面に立つと、深山くんは唾を飲み込んだ。緊張しているのか、困惑しているのか。
こんな形で会話をするのは初めてだ。でも、これで最後でもある。
「深山くんに伝えたいことがあるの」
「伝えたいことってなに?」
彼の問いかけに私は答えた。
「この世界は偽り、仮想空間なの」
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