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怪花篭
人を殺したのだと女は言った。
「その人は、ここの何処かに眠っているわ」
墓地なんだから、そうなんだろうと俺は思った。終電もない時間に谷中霊園の桜並木を帰路に選んだのが、この女との出会いの発端だった。
「墓参り。て訳じゃなさそうだな」
ほの暗い中、桜のように発色の良い女の首筋が俺の興味を惹いた。
「ええ。昔のこと過ぎて、何処の誰だったかも覚えてないわ」
三十手前に見える女は、そこで初めて俺に目を向けた。感情の見えない黒目がちな瞳に映った満開の桜が、昼間のように明るく見えた。
「思い出探しなら付き合う」
「ふふ。物好きな人ね」
桜が並んだ通りから、女は墓地の敷地へと足を踏み入れた。暗い足元を、舞い落ちた花びらが女の足跡のように俺を導いた。
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