お花見 ―― END-О奇譚その2

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「森田公園でお花見やりましょうよ」  言い出したのは、鈴本倫太郎―口の悪い大橋主任にリンリンというニックネームをつけられた一番の若手―だ。  昨年春、入社早々の配属が本社ではなく千里たちのいる静川システムセンターだった。新卒の直接配属がほとんどない場所だったのだが、来た当時の彼曰く、実家が静川県なんですよ、とのことで誰もがいったん納得したものの、よくよく聞くと、隣県に近い東部の出身だった。実家住みだとしても横浜の本社の方が交通の便が良さそうだが、本人はいたく張り切って、せっかくの地元、しかもある程度都会なんで新生活エンジョイします、と言っていたものだ。  花見の話が最初に出たのが三月に入ってすぐだった。 「僕の入社一周年記念ですし、ぱあっとやりましょう!」  と鈴本は休み時間に、出入り口近くのホワイトボードに 『4月×日(土)18時半より森田公園ブランコ脇『桜の園』東側。会費3000円、出席者は名前を書いてネ!』  とでかでかと書いて、しかも赤いヘニョヘニョの枠で二重に囲って、ご丁寧に花びらまで散らしていた。  森田公園でお花見、というのは千里(ちさと)が入社して5年目になる中で初めてだった。  居酒屋での飲み会やキャンプ場でのバーベキューなど、コロナ禍の中でそれでも何回かはあったが、外での夜の宴会というのは所内でも初だっただろう。  しかし、年度末微妙に忙しかったせいで、誰も進んでホワイトボードに名前を書きはしなかった。鈴本とは煙草仲間でありお祭り好きのアベや井上なども、ちょうど込み入った案件で頭を悩ませていたせいか、いっこうに記名する様子がない。仲の良い連中が名を先に入れないのであれば、他のメンバーもつい遠慮がちになる。女性陣は特に、進んで名前を書こうとはしなかった。 ―大鍋を買いました。おでんの具募集中!! ―具を用意できない人は一品ずつ、つまみか料理を持ち寄りで! ―場所の仮押さえ完了。今年はライバルが多いようです。参加希望はお早めに! ―ブルーシートある人、申し出てください。  鈴本の躍るような文字が埋まるのに対し、記名スペースだけがいつまでも白かった。  春分の日が過ぎて数日経った頃から、おかしな噂が聞こえだした。  社内だけではない、静川市を中心として、近隣の市町でも話題になりつつある。 「見た? ネットニュース」昼休み、長テーブルで弁当の包みを拡げながら庶務の塩見ミズエが言った。「蕾が例年になく、ほら、写真もあるけど」 「見たよぉ」千里の脇に座っていた金子ルイも大声を出した。「うちの裏にも土手に桜並木あるけどさ、やっと蕾が膨らんできたな、と思って見てみたんだよ、でもやっぱりこの写真みたいだった」  千里も気づいていた。駅前の小さな公園に、桜の若木が数本あって、そこの蕾も大きくなっていた。数日前にはまだ緑色の粒だったものが、ようやく小指の爪くらいにまで膨らんでいたのだ。  そして今朝くらいには、うっすらと色も見え始めていた。しかし、 「あの色……」  いつもならば、薄いピンク色をしているはずの蕾はなぜか、どれも赤が濃く見えた。そして、先の尖っているはずの花芽が、妙に丸く、いつもよりずっと大きくなってきていたのだ。 「赤いボールみたいよねえ」塩見はミニトマトをつまみ上げて眉を寄せた。 「大きいのはもう、このくらいはあったもん」 「異常気象のせいかな」「病気じゃない?」 「でもさでもさ」金子が声を上げる。「これって静川市を中心とした、いくつかの河川沿いとそこの周辺だけに見られる、らしいよ」 「だったらやっぱり、桜の病気かなあ」 「ねえ」端の土屋カズミが声を潜める。「森田公園の桜も、同じような蕾だったけど……」女性陣がそっと目をやったホワイトボード前に、鈴本の背中が見えた。じっと自分の書いた文字を見つめていたようだ。耳はどこに向いているのかは分からないが、動きはない。そして、記名欄は相変わらず真っ白だった。 「(お花見、本当にやるつもりなのかなあ?)」  突然、ばん、とホワイトボードに手のひらを叩き付ける音が響き、千里たちはびくりと飛び上がった。デスクに伏せて寝ていたアベや、漫画を読んでいた井上らもいっせいに顔を上げる。 「どういうつもりっすか」  片手をホワイトボードについたまま、鈴本は絞り出すように声を出した。 「みんな、やる気あるっすか?」ついた手がギリギリと、「大鍋」の文字をつぶしている。「花見、やる気あるっすか?」  アベが少し寝ぼけた声で答える。「土曜日、だよね。花が咲いてるのかな」  いつもならばちょうど、満開くらいのタイミングになるだろう。もしかしたらすでに、散り始めかもしれない。しかし、アベのことばに井上もかぶせる。 「リンリン、なんかさ、桜、ヤバそうだよ」 「あのですね」鈴本がきっと顔を上げる。千里には、太い緑の洒落た眼鏡の奥、どんぐり眼がわずかに血走っているようにみえた。 「僕が頑張ってがんばって、一年有休も使わずに」誰かが小声で「使えよ」と茶々を入れ、鈴本はそちらをぎろりと睨んだ。 「こーんなにがんばっているのに、一年がんばったね、お疲れ様、みんなもお疲れ様、さあ、満開の花あかりの中でカンパーイ、になんで、ならないんですか? おかしくないですか?」  いつも陽気で押しが強くてちょっぴり自己中で、それでも愛されキャラの鈴本がむきになっているのを、社内の連中はあっけに取られて見守っている。 「りんちゃん、あのさあ」いつもは自分の意見を押し付けない所長も、よっこらしょと立ち上がる。 「ごめん、名前書かなかったの悪かった。行く気はあったんだよ、でもさ」 「だったら所長一番先に書かなきゃダメじゃないっすか!」鈴本が大声で遮る。  所長にダメ出しかよ、といつもならば突っ込む大橋すら、口をぽかんと開けて彼を見守る。 「だれか、誰かとにかく一番最初に書いてくれれば次も書きやすいんですよ、あっそうか」  真顔で鈴本は手を打ち鳴らす。 「俺が自分の名前を書いてないからか?」  そして真顔のまま、あちこち見回してようやく「あった」赤いマーカーを取り上げ、キャップをむしり取った。だんだんと叩きつけるようにボードに「すずもと」と書きつける。キャップをはめる時に芯が当たったらしく、左手首内側に切ったみたいな赤い線がついた。  ようし、と。鈴本はぱんぱんと手を払い、急に気が抜けた顔になった。 「ちょっと煙草、行ってきます」誰も聞いていないのに、そうつぶやくと脇のドアから廊下へと出て行った。  しん、となったのはいっしゅんだった。庶務の塩見が「あっ、歯磨いてこなくちゃ」わざとらしく壁の時計を見て立ち上がる。それで急に、他の連中も動き出す。主任の大橋が席からさりげなく離れ、喫煙コーナーへと出て行った。 「ねえ」立ち上がりざま、金子がそっと千里の袖を引っ張った。 「リンリン、何だかヘンじゃなかった?」 「そうかなあ」 「何か、イライラしてたのかなあ。目が変だった」 「元々、切れやすいのかもよ」土屋も出口、鈴本が消えた方をこわごわと見ている。 「ああいうのが、結婚するとヤバいんだよね」もっともらしくうなずいて言う。 「イケメンだし積極的だしモテるタイプだからつき合う時は愉しいんだけど、結婚してからDV野郎になるってパターンかもよ」 「大橋さんが今、なだめに行ったんじゃない?」塩見が歯磨きセットを持ってきてまた話に加わる。「大橋さん、口ではああだけど案外世話好きだし、リンリンの愚痴も時々聞いてるらしいし」  好き勝手なことを言いながら、いけない、一時になる、とそれぞれの場所に散っていく、そんな中、千里は所長がホワイトボードに、ちんまりと「ヨシナガ」と自分の名を書いているのに気づき、ふう、と息をつく。金子が「どうする?」とまた千里の袖を引っ張った。行きたくないわけでは、なさそうだ。元々、金子は鈴本びいきではあったが「ちーちゃんが行くなら……参加しようかな」少し下をみて、そうつぶやいている。 「私は行こっかな、家からもすぐだし」土屋が明るい声で言ってから「でもあの蕾がちょっと、ねえ」苦笑いする。 「じゃあ、」女子連のリーダー的存在である塩見が張りのある声で宣言した。 「みんなで、参加しましょう!」  鶴の一声で、みなホワイトボードの前に並んだ。千里もしぶしぶ後に続く。残念ながらその日は、何の予定もなかった。  当日までに、巷のうわさはどんどんと広まっていった。  やはり、この地の桜はおかしかった。大きく丸く膨らんだ花芽は赤みが強くなり、遠目からは血色の悪いミニトマトが鈴なりになっているように見え始めた。花が数輪固まっている小枝は重みでたわんでいる。そして、 「静川市、桜の開花宣言が出ました」アナウンサーの事務的な声は「……しかし、」とためらいがちに続けた。「桜ではなく、咲き出したのは、『目玉』でした」  ひとつふたつ、続けていくつも咲き出した時にはさすがにどんなに鈍い人間でも気づいた。それは確かに「目玉」だった。赤みは目玉が成長するにつれてはっきりと細い血管のように広がり、全体的にやや白濁した丸い目玉が、そこかしこに「花」をつけた。軸も太目で、短い肉色に見える。茶色がかった虹彩と黒い瞳孔もそれぞれついていて、ご丁寧に虹彩と瞳孔の部分がドーム状にわずかに盛り上がっている。 「俺さ、ブタの目玉を見たことあるけど」アベさんがいつもながら楽しげな顔で淡々と話す。「ちょうど、あんな感じ。ブタより少し大きめかなあ。ニンゲンのはさすがに、見たことないけど同じようなモンじゃないのかな?」  はじめのうちは全国ニュースでも取り上げられた。しかし、全体に妙な光沢をもつ桜並木のアップが放映されるや否や、大騒ぎになってあっと言う間に公の場に出ることがなくなった。  代わりに、SNSで画像や動画がいっせいに拡散されたが、それも数分単位で炎上を繰り返し、一日の内に何かの措置があったらしく、画像は全て表舞台から削除されてしまった。 「俺も削除されちゃったあ」アベがスマホから顔を上げる。「井上さんなんて動画撮ったんでしょ? どうだった?」 「伐採現場の?」「ナニソレ」 「いや、家の近くでさ」井上は微妙な表情で口の端を引きつらせて続ける。 「市の職員と、作業員が大勢、ハサミとかチェンソーとか持って花のついた所を切ろうとしてさ、刃が木に入ったとたん、ぴゅーって」 「聞いた聞いたそれ」大橋が大声をあげる。「血しぶきが飛んだ、っての、ホントか」 「マジ、ほんと」井上が身を乗り出した。「SNSのは消されたけど、見たい?」みたいみたい、と周りの男性陣が集まっている。それを横目で見ながら塩見さんは「やあねえ」とため息をつく。それから、ちょうど通りかかった鈴本についでと言った感じで訊ねた。 「もう今週末になるけど、リンリン、ホントにやるの? あの……公園の」 「当たり前ですよ」急に場が静まる。鈴本はいつもの口調だ。 「所長はビール派、ですよね? 井上さんアベさんは熱燗? あと大橋さん……」  名指しされた人々が次々と無言で小刻みにうなずいた。  当日の夜、森田公園は、ほぼ貸し切り状態だった。ビルとビルとの間に四角く囲まれた、そこそこの広さをもつ公園は、都会のオアシスというにふさわしく、さまざまな木が茂っている。特に、遊具広場脇にまとめて植えられた『桜の園』は通りからも少し引っ込んでいて人通りが気にならず、本来ならば近場の花見客でそこそこにぎわう、はずだった。  上り電車組の千里と金子は、踏切信号故障のせいでかなりの遅刻で、やっと着いた時には、19時を回っていた。  公園の北側出入口から入る時、千切れた黄色いテープがポールにくっついていたのに気づき、千里は足を止める。 「なに? ちーちゃんどうしたの」金子がつんのめり、千里を振り返る。 「ここ……立ち入り禁止じゃ、ないよね?」  駅前の小さな桜広場にも同じようなテープが張り巡らされていたはずだ。  木はそのままにされていたが、人は入れない箇所が近隣にあちこちとあったのを、千里も把握していたが、特に制限されていない所も多かった。河川敷や土手沿いなど、道路に面したところは特に、通行の支障になるからだろう。  しかし、誰もができるだけ咲いている「目玉」を避けようとしていたのも事実だった。  それらはたいがい重みで枝をしならせて、風もないのに揺らめき、しかも生ぐさい匂いを微かに漂わせていた。 「だったら連絡来てるっしょ、ほら、あそこでやってる」  金子が指さした木々の合間に、確かに白っぽい灯りの場が浮き上がっていた。そして、その頭上に咲く「目玉」たちも。  集まった連中はすでに「お先に」とビールやチューハイの缶を開けている。もっと強そうな酒をあおっているのも数人いた。鈴本はこまめに立ち回り、コンロの鍋に湯を足したり、つまみを回したりしている。 「遅くなりましたあ」千里が声をかけると、数人がほっとしたように手を振って来た。 「あれ、所長は?」 「お子さんが熱出した、って」鈴本が段ボール箱を畳みながら言う。離れた場所でプラカップで琥珀色の液体をすすっていた大橋が、通りかかった千里に向かって「所長、バックレた」と小声で言ってから「あーウィスキーうめえなあ」と大声を出す。 「氷要りますう?」向こう端の鈴本が大声で訊ねると、「いやこのままでじゅうぶん!」とまた大声で返し「酔わなきゃやってらんねえよ」とまた下を向いて小声でつぶやく。  ちーさん、金子さん、鍋を見ててくれます? と鈴本に頼まれ、千里は大鍋の脇についた。予定していたおでんではなく、中にはとっくりが三本、なみなみとした湯の中に沈んでいた。 「あれ、おでんは?」金子が問うと、すぐ近くにいたアベが、半泣き半笑いで「持ち寄り、って言ったけど、おでんの具はほぼ全員チクワ、大橋さんとキリオがはんぺん、鈴本がゆで玉子、だからそのまま食べてる」  金子がほっとして言う。 「ポテチにしてよかったあ」  千里もほっと肩の力を抜く。わざわざ大根を切って下味をつけようと思ったのを止めて、かっぱえびせんを買って持ってきていた。 「じゃあ改めて乾杯しよう」  大橋がふたりに缶ビールを渡すついでに、トリスウィスキーの2.7lペットボトルからなみなみと自分のカップに注いだ。 「かんぱーい」鈴本の大声にぱらばらと数人が唱和する。上がる手も元気がない。  しばらく取り留めのない話をしながら、千里はいやでも気づかざるを得なかった。集う人々は誰も彼も、目線を上げずにできるだけ桜の木々から目をそらしている。もちろん自分もそうだった。  ちらりと映った白い塊はゆらゆらと意思をもつかのように揺れ動き、あたかも辺りを監視しているかに思えた。  しかも、木々の目玉たちはぼんやりとほのかな白い光を発しているようだ、周りの建物や街灯、花見の光源の白だけではない、どこか青白く妖しげな光が彼らをより一層、青ざめた表情に染めている。  会費で買ったらしいフライドチキンやポテトの香りが途切れる合間に、ふとわずかに生ごみめいた匂いが冷たい空気に乗って鼻孔をおびやかす。  その上、風が吹くたびに目玉たちはそれぞれ狂った振り子のように揺れ、それが硬いような、柔らかいような、ぼてん、ぽろん、といった不可思議な音をしきりに立てていた。  桜の木の花、いや目玉の数だけ音は遠く近く響き、初めて聞く音に、だんだんと千里の二の腕に鳥肌が立ってきた。 「ちょっと寒いね」  と金子も薄いカーディガンの襟を合わせる。ふたりは、火を止めて徳利を出した後に置きっぱなしになっていた大鍋の湯に手先を突っ込んだ。 「ちょうどいい湯加減」とっさの金子のことばに、千里はここに着いてから初めて無邪気に笑った。  突然、脇に白い丸い塊の乗った紙皿が差し出された。千里と金子は同時にぎゃあっ、と叫んで飛び上がる。はずみで大鍋をひっくり返し、湯気がもうもうと立ち上った。  金子が叫ぶ。「やだ! 目玉!!」 「何、どうした!」「火傷しなかった? けがは?」  すぐ脇に、きょとんとした目の鈴本が紙皿を持ったまま立っていた。 「ゆで卵、食べるかなあ、って……」  帰り際まで、金子はしゃくりあげていた。陰で(もちろん桜の木から離れた方で)大橋がずっと、小声で金子をなぐさめている。  千里はすぐにショック状態から立ち直ったが、片付けしながら、小声でアベを呼び止めた。 「なに?」無邪気な顔はすでに酔いが回って真っ赤だが、千里が更に小声で 「みんなどこから入りました?」  と尋ねると「東正面だけど?」と言うので更に 「立ち入り禁止テープ、なかったですか?」  と聞く。  アベは「なかったなあ……というか」少しだけ、神妙な顔になる。 「リンリンがいちばん乗りで、もうセッティングしてたんだよね、車を路肩に停めてるから急いで戻ります、って言っていったん帰って今度は歩いて来たけど。そう言や」  わずかに声が低くなる。「黄色いゴミを丸めて、持ち帰ってた」  桜の代わりに咲いた「目玉」はその後も何かと騒ぎを起こしていた。無理矢理取ろうとした人間も少なからずいたが、目玉を引っ張ろうとすると自身の目に激しい痛みがくるのですぐにあきらめたそうだ、枝や幹を切ろうとして「出血」に怯えた人も多かった。しかも、その後関連した人間が身体じゅうから失血死する事案が数件続き、誰も桜に近づくことがなくなった。  それでも、開花の時期はあっと言う間だ、散り際はいっせいで、衝撃的ではあった。  目玉は次々と枝から落ち、地面に当たると同時にぷちん、と破裂した。 「ブタの目玉はねえ」よけいな知識をアベが披露する。 「中が透明になってたよ、水じゃあなくて、ガラス体って言うんだって、でもアレは」会社から見える小さな桜並木を指さす。そこもすでに、目玉は散っていた。 「弾け方がエゲツなかったからねえ」  目玉がはぜると、中から赤い液体が飛び散った。それは付近の道や通りかかった車や人を赤く染め、いつまでも腐ったようないやな匂いを発していた。  ようやく桜の騒ぎが沈静化したのは、初夏に近づいた頃だった。  生ぐささの記憶が千里たちの鼻孔の奥からもようやく消えた、ある日、 「ホタル見ながら、一杯会やりませんか?」  鈴本が目を輝かせて事務所に飛び込んできた。手には近くの大池公園ほたる祭りのチラシがあった。 「俺、ホタルみたことないんですよ、もういるらしいじゃないですか、行きましょうよ!」 「いやです」きっぱりと塩見が断る。 「リンリンの飲み会提案は、全て却下」 「遠いしね、車しか行けないよ。夜の飲み会は無理」  珍しく所長もきっぱりとしている。  大橋も、他の連中もみな心の中でうなずく。もちろん千里も、つい首が動いていたかもしれない。  大池公園に夜な夜な、発光した目玉が飛び交っているといううわさが、届いたばかりだったからだ。 〈了〉

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