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 適当に丸められたティッシュが、宙を飛んだ。数学で習った二次関数のグラフ、上に凸を描いてゴミ箱にホールインワン、とはなかなかうまくいかないものだ。  投げ手であるサエは、ゴミの行く末をちらっと見届けただけで、そのまま私に向き直った。 「てかさ~、マジで数学とか勉強する意味、わかんなくない? こんなのと高校まで付き合わなきゃなんないの、マジでだるい」  意味不明と断罪された数学のことを考えていたなんて、言い出せなかった。私は笑って、「でも、赤点は取りたくないじゃん? ほら、ユキも帰ってくるから、頑張ろうよ」と、励ます。  机の上には数学の教科書とノート。それを下敷きに、パーティー開けしたスナック菓子の袋。サエに言われて持ってきたのは私で、手指を拭くティッシュは、年がら年中鼻を啜っているユキの私物だ。彼女はボックスティッシュを、机の中に常備している。  我が物顔で食べ、使い捨てるサエは、ユキの名前を聞いてわずかに顔を歪めた。私を含めてサエとユキの三人は親友だ。中学に入って、すぐ仲良くなった。 「ユキねぇ……あいつ学年一位だからって、最近調子乗ってない?」 「そんなこと言わないでよ。せっかくユキが教えてくれるっていうんだからさ」  五月のテストで、平均点を大きく割ってしまった数学の勉強会の開催を願ったのは、サエだ。普段から、宿題は常にユキや私に依存している。答えを写すことを勉強だと思っているから、ユキがいちから教えてくれる大変ありがたい機会にも、不満たらたらである。 「ユキといえばさぁ、前回のテストも、ほとんど満点だったんでしょ? ちょっと怪しくない?」 「怪しいって、なにが?」  スナック菓子の粉が落ちているのは、私のノートだ。こういうとき、サエは絶対に安全圏を確保する。そっと救いだして、はらはらと床に落とす。そのまま鞄にはしまえない。 「カンニングとか、さぁ」 「まさか」  各学年、一クラスしかない規模の小さい田舎の私立中学校である。私たちは三年間、ずっと一緒だ。お互いどんな人間なのか、だいたいわかっている。一年の最初の試験から、ユキは学年一位だったし、九十点未満を取っているところを見たことがない。  サエは声を低めて、「でもさぁ、小学校とは違うんだよ? そんなに百点なんて」と、まるでユキがずっとカンニングしているようなことを言う。 「サエ」  少し怖い顔をするが、彼女はまるで悪びれた様子もない。 「あーあ。どうせなら、ばれないカンニングの方法教えてほしいわ」  大きく背伸びをしながら愚痴を言うサエに、そうだね、と同意することはさすがにない。数学がわからないとか、あの先生の授業がつまらないとか、そういう話ならいくらでも相槌を打ってあげられるけれど。  ユキとは一年生の頃から仲がよくて、お昼ご飯も三人で机を合わせて一緒に食べている。その相手にあらぬ疑いをかけるのは、ずけずけと言いたいことを言うスタイルのサエであっても、許されない。 「サエ。言いすぎだよ。まさか他の子にもそういう話、してるの?」  彼女は「あはっ」と声を出して笑った。ゴミだらけの机にダイブする。顔や服にカスがつかないように、さっとゴミを払いのけて、代わりに私の制服が美味しく味付けされてしまう。突っ伏した格好から、ちらりと見上げるサエの目は、いたずらっぽく笑っていた。 「しないしない。これは、りっちゃんが話しやすいからだって」 「……なら、いいけど」  私がユキに告げ口したり、誰か他の子に言わなければいい。悪い噂が出回ることも、喧嘩になることもない。私が自分の胸だけに収めていれば。  のべつまくなし、サエは誰かの陰口を言う。たまたま知ってしまった秘密や、根拠のない噂話もする。息を吸って吐くのと同じで、彼女にとっては自然なことなのだろう。たとえそれが、聞いている私の心に影を落とすものであったとしても。 「だいたいユキはさぁ、自分が頭いいのをわかってて、ウチらのこと馬鹿にするために勉強会しよー、なんて言うんだよ。ほら、古文でやったじゃん、なんだっけ? 男と同じくらい勉強できますって主張するのはいけてないよねって」 「ああ、なんかあったね」  清少納言だったか紫式部だったか。どっちだっけ、と考えるけれど、特にテストに出ない部分だからメモも取っていない。文法や公式についてはちっとも聞いていないわりに、サエはこういう面白エピソードだけは覚えている。 「この学校で一番だからって、いい気にならないでほしいよね」  なんてサエが大きな声で言ったとき、扉が開いた。ユキがトイレから戻ってきたのだ。ハンカチで手を拭きながら、彼女は無表情のまま、仁王立ちしてこちらを見ている。  サエは「あ、やべ」という顔をする。どこからどこまで聞かれていたんだろう。私も悪口に乗っかって盛り上がっていたと問い詰められるかもしれない。  私の不安をよそに、ユキは淡々と「もう帰ろうか。サエの集中力、切れてるみたいだし」と言う。待ってました、とばかりにさっさと片付けを始めた。ゴミを捨てるのはいつも私の役割だし、油でべたべたになるのも私の机だ。  ぐちゃぐちゃにまとめた袋やティッシュをゴミ箱に捨てる。サエと違って、ちゃんと立って、ゴミ箱まで歩く。サエの投げたゴミを拾おうとしたら、私よりも先にユキが拾い上げ、何の感慨もなさそうにゴミ箱の中に落とした。

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