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「中村代議士。率直にお伺いしますが、秘書の小峯響子さんとは仕事以外でのお付き合いは?」 「ありません。ただ、好意を向けられている認識はありました」 「たしかに。周りの方も、その好意を拒絶されたと聞いていたそうです。状況からみても自殺の可能性が高いのですが、そのー。現在、献金疑惑なども、おありなので。世間から色々と勘繰られることもあるかと思われます。我々もまた、そちらで捜査にお伺いする事になるかもしれません」 「事実は問題じゃない。この世界で実際問題なのは、事実がどう見えるかだ」  世間が思うことなど中村は承知していた。トカゲのしっぽ切り。しかし真実は、小峯が使い込みを誤魔化すために献金疑惑を流したのだと中村は思っていた。しかし今は、妻と息子が戻って来さえすればそれで良かった。  着信音に促され、中村は携帯電話を手に取った。 「出ても?」 「どうぞ」  それは中村の妻と子の病状が回復に向かっているという病院からの連絡だった。電話の内容を刑事に伝えた中村は、深々とソファーにもたれ安堵の息を吐いた。全部終わったのだ。 「では、我々はこれで失礼します。あ、ここで結構です。あの? 病院に行かれては?」 「ありがとう。ひと休みしたら見舞いに行くよ」  立ち上がろうとする中村を制した刑事は、遠慮がちに言葉を続けた。 「いえ、そうではなくて。代議士、両目が」 「ああ。これは血義理(ちぎり)の代償だよ」  刑事に向けられた中村の視線は虚空を見つめていた。

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