白崎直人と自覚する春

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「さてと。私、行くわね。あ、そうそう。もしもまたあの子たちが絡んでくるようなら、遠慮なく言ってね。お灸を据えてあげるから」  そう言って、踵を返し背を向ける。俺は思わず、彼女の背中に飛びつくみたいに、言葉を投げかけた。 「あ、あの――」 「――ん? なあに?」  彼女が振り向くと、肩を少し越えた赤色の髪が揺れた。風を切った髪は、一つ一つが彼女に従っているみたいで、なんだか、艶やかさを感じた。 「先生は、俺のこと、どう思いますか?」  どういった意図で聞いたのか、自分でもよく分からなかった。ただなんとなく、聞いておかないわけにはいかない気がした。 「イケメン、だと思うわよ。見た目わね」  少しだけ沈黙があって、それから静寂を叩き伏せるように言葉が続く。 「内面はまだ知らないし、だから、君のことをどう思うかの返答は『分からない』かな。これから知っていけば、評価してあげられるけど」  いたずらの笑みが、彼女の顔に浮かぶ。俺は恥ずかしくなって、俯いた。妙に頬の辺りが熱い。熱が出た時みたいに熱いけれど、苦しくはない。でも、心地よくもない。走り出して叫びたい、そんな感じの気分だ。 「知って……もらえるん、ですか」 「生徒なんだから、当然でしょ。まあ、授業を担当したことあるはずなのに、名前を覚えてない私が言っても信用出来ないでしょうけど」 「それは……お互い様、ですね」 「君は大変そうだものね。まだ一月ほどしか経ってないのに、授業中ですら視線を一斉に浴びてる。まるで、動物園のパンダみたいに」 「…………」 「あ、ごめん。馬鹿にしてるわけじゃないから。人気者だな、ってこと」  言い得て妙、だと思った。  可愛いとか珍しいとか、不思議とか稀有だとか。人間たちのエゴ的感情で注目を浴びるパンダ。パンダ自身がそれを快く思っているのかどうかは知らないけれど、注目する相手を無視して自我を満たそうとする視線は、俺に向けられているものときっと変わらない。  格好いいとかクールとか。王子様とかイケメンとか。そんなの。浴びれば浴びるほど、無意味を通り過ぎて、鬱陶しいものにしかならない。パンダを見ている人たちがパンダの気持ちを誰も知らないのと同じように、俺を見ている人たちは、誰も俺の気持ちを知らないんだ。  脳裏に、さっきの女子たちの声が再生された。頭が痛む。吐き気がする。頬の熱さは薄れて、血のめぐりが悪くなった気がした。  俺は、ゆっくりと顔を上げた。視線の先に映る一人の女性。俺は取り繕った笑顔を見せて、外靴を履いた。 「そういえば一つだけ、君についてのこと言えるわ。君、あの子たちに腹が立って殴りそうになった、って言ってたけど、でも、私が登場したことでそうならなかった。そのことに対して、感謝してたでしょ。女の子に限らずだけど、誰かに暴力を振るのは駄目だ、って思ってる君は、『いい人』って思うわよ」  帰り際に聞いた言葉が、帰路で何度も蘇った。その度、不思議と景色が滲み歪んで見えた。    

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