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「だ、だがブローチや階段の件は……」
「まあまあ慌てずに~。まずブローチの行方についてですが、これは……今朝方、アイリス様のお部屋で、清掃員が発見しました。ベッドの下に転がっていたそうですから、気付かなくても無理はありませんね~」
代行さんはどこからともなく、何かが包まれた白いハンカチを取り出す。そっと開くとそこには、深い翠を湛えたエメラルド。
「盗まれたのではなかったのか……」
母の形見が無事だったことに、ホッと安堵の息を吐くレオナルド。対してアイリスは、どこか硬い表情をしている。
「最後に、階段の件。クラリス様が突き落としたというお話でしたが……その時間、クラリス様は学院図書館に居たんですよ~。出入り記録にも名前が残っておりますし、司書の証言も得ていますから、アリバイは完璧! 無実です!」
その日わたしが図書館に居たのは偶然ではない。代行さんからの指示で、事件近辺の数日はアリバイを作っておくために図書館に通っていたのだ。
アイリスに近付かなければ、階段転倒イベント自体無くなるものと思っていたけど……。
ざわめく会場。代行さんは黙らせるように、ゴホン! と咳払いをする。
「賢い皆さんは、もうお分かりですね~? つまり! クラリス・アルセリオ公爵令嬢は、全くの無実だということです!」
そう、わたしは、無実!
わたしはこの後の展開を祈るように、目をぎゅっと瞑った。
――静寂が耳を打つ。何も聞こえない。……怖い。
不安に思っていると、ぽつ、ぽつ、と話し声が聞こえて来た。弛緩した周りの空気に、わたしは目を開ける。
「おかしいと思ってたのよね。クラリス様がアイリスさんの悪口を言うところなんて、聞いたこと無かったから」
「他の誰の悪口だって、言っているところを見たことないわ」
わたしに同情し、擁護してくれる生徒達。……嘘みたい。風向きが変わった!
レオナルドはまだ信じられないような、信じたくないような顔で佇んでいる。あれだけ徹底的に糾弾した相手が無実だというのは、簡単には受け入れられないのだろう。
「ならば、誰がアイリスを階段から突き落としたと言うのだ!」
「まあ……真犯人が他に居るってことでしょうね~」
“真犯人”という言葉に、レオナルドはアイリスを虐めていた女生徒達を鋭く睨みつける。彼女達は怯えながらも「違います、流石にそこまでは!」と口々に否定した。
「アイリス様、お辛いでしょうが、あの日のことをもう一度思い出してみましょう~。あなたが階段から落ちた時、近くに居たのは誰ですか~?」
代行さんが野菜を叩き売るみたいに、女生徒達を手で示す。問われたアイリスは青白い顔で、彼女達を見た。
……犯人は“決まっている”。クラリスと似たような背格好の生徒を、アイリスは見間違えたのだ。アイリスがそれに気付き、犯人を指し示した後、代行さんが事前に準備していた証拠を突き出し、犯人は連行される。
心優しいアイリスは寛大な処分を願い、また、自分を虐めていた女生徒達も許す。その姿にレオナルドは、更に彼女への想いを強める。
そしてクラリスは、レオナルドとアイリスの幸せを静かに願い、この一連の出来事は幕を下ろす――それが、代行さんの描いたシナリオだった。
アイリスも、このシナリオを演じる役者の一人である。
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