清ら流れに眠る花嫁

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 桜の季節は気が滅入る。  行く手にふわりと花弁が漂ったのは、どこから散ったものか。あとにあとに雪のように吹かれるさまを見るに、すでに盛りは過ぎたらしい。  真之介(しんのすけ)が久方ぶりに歩く街道は、宿場も近いとあって、人の行き来でにぎわっていた。 「俺の通行のジャマをして、挨拶もなしかよ」  こんないさかいもにぎわいのうちだろうか。  だみ声に目をやると、着物の裾を尻端折り(しりはしょり)した大男三人に凄まれ、旅装束の小男が街道を外れた松の根方に引きずられるところだった。 「カンベンしてくださいよ、かかあとガキがみやげを楽しみに待ってるんで」 「してやるぜ。とっとと有り金だしな」 「なんでえ後生大事に抱えて」  太い指が、竹皮包みをとりあげ放り投げる。 「あぁ」  小男の嘆きに息をついた。まったく、呆れた奴らだ。真之介も街道を逸れ、空に手を伸ばし包みを受け止める。そして、なおも小男にたかる男らに歩みよった。 「食べ物は粗末にするもんじゃない」  不意に割り込んだ声の主に、皆がそろってぽかんと目を見張った。ごろつきどもが動かぬ間に、小男に包みを返してやる。 「評判の団子だ、並んだろ」 「あ、あり、ありあり」  助けられながら狐につままれたような顔だが、行け、と背を押されると、頭を下げて小男は走り去った。 「なんだ、小僧」  大男がそれぞれ、大仰に肩をいからせ腰の刀もひけらかし睨みつける。どこのどいつが小遣い稼ぎをジャマしてくれたのかと思えば、どう見ても十四、五の子供ではないか。 「小僧か。まあそう見えるわな」  仁王立ちの貫禄だけは威風堂々、小僧呼ばわりを少々嘆いてみても、あどけない顔立ちに何ら臆するところはない。この状況で。 「代わりにテメエが有り金置いてくか?」 「余計なことしやがって。痛い目見ても知らねえぞ!」  言い終わらぬうち、拳を振り上げた大男は体の芯に激痛を味わった。苦悶のうめきとともに、身を二つに折って土に倒れる。 「は」  脇の男が瞬く間もなく、小僧が迫る。腹に触れられただけで、体内を衝撃が突き抜けた。呆気なくひっくり返る。 「な、なんだ」  目にもとまらぬ電光石火に、わけがわからず残りの一人は逃げ出した。なんだ、あいつ。動きの速さもだが、あの小さな体で力自慢二人を一撃だと? それに、 「おい」  着物の背を後ろからつかまれる。おそるおそる振り返ると、やっぱりだ。得体のしれない小僧の周囲は、うっすらと青く光って見える。清らな水の流れに身を包まれているかのように。 「連れだろ。置いていくな」 「へい!」  顎で転がった二人を示され、慌てて踵を返した。

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