小説と花

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 朝食は、いつも堅パンにお茶を一杯。お決まりの席から見渡せば、落葉して静かにたたずむ木々の合間に、朝霧が立ち込めている――。  ロバートは頭の中のモノローグを止めた。小説を書くようになってから、目に入るものをつい文章化する癖がついた。  冒頭に、朝起きてからのあれこれを書き連ねるのは良くないらしい。朝食に何を食べたとか、ひげを剃ったとか。主題(テーマ)と関係のないことをつらつら書くと、読者の関心が離れてしまうよ。そう教えてくれた仲間は、昔は大学で教鞭をとっていたそうだ。昨年、手りゅう弾の暴発で死んでしまった。  朝食を終えると、ロバートはカミソリを手に取った。その場でひげを剃りながら、思考はふたたび創作の世界に戻っていった。  ロバートは趣味で小説を書いている。数年前、戦闘中にふと思いついた文章が頭から離れなくなり、なんとなく手帳に書きつけたのがきっかけだ。いくつかの文章はほかの文章とくっついて、短い物語になった。内容は、ちょっとしたことだ。いま書いているのも、ちょっとした話だった。商店で働く男が本屋の女と出会い、話をする。  その続きは? 続きはまだない。ロバートとしては、二人にもう少しだけドラマチックな展開が起こることを期待している。だがそこまで考えつく前に、部隊長の怒鳴り声が響き渡った。 「敵襲だ、持ち場につけ!」  とたんに塹壕の中は慌ただしくなった。ロバートも腰かけていた木箱から立ち上がり、持ち場の銃眼を覗く。立ち枯れた木々が墓標のように並ぶ雑木林の、暗くかげった奥の方から(この表現は大仰すぎるか?)、大きな影が二つ現れた。 「くそ、ファントムかよ」  すぐそばで、同じように銃眼を覗いているウィリーが舌打ちした。 「構え! 十分ひきつけてから撃つぞ!」  部隊長の指示に、男たちは銃を構える。黒いシルエットがゆらゆらと、だが着実に近づいてくる。 ――思い切って、食事に誘ってみるとか?  ロバートは考えた。もちろん小説の話だ。二体のファントムは、銃眼の狭い視界がいっぱいになるまで接近している。黒いもやのような胴体の中心に、ちかちか輝く赤い点が見えはじめた。 「撃ってくる!」  ウィリーがかすれた声を上げる。 「まだ撃つな、ひきつけろ!」  部隊長は部下を抑えようとしたが、効き目はなかった。こらえきれなくなった誰かが発砲し、そこから先は閃光と轟音で何も考えられなくなった。

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