小説と花

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「ドーザーだ! どんどん出てくるぞ!」  ウィリーが叫び、発砲を開始した。ロバートも銃を構える。古い石だたみの広場に開いた巨大な裂け目から、多脚の装甲車のような生き物が無限に湧き出ている。ドーザーの名のとおり、硬い板状の下顎で旧市街の残骸を押しつぶしながら、ロバートたちの守る前線へと向かってきた。  マシンガンがタ・タ・タ……と刻むリズムに、グレネードがズン、ズシンと拍を打つ。そこに兵士たちの怒鳴り、わめく声が抑揚をつけた。暴力の交響曲(この比喩は少しダサいか?)をBGMに、ロバートは与えられた仕事をこなす。抱えた銃の重みと振動を感じながら、心は創作の悩みにさまよった。  書きかけの小説は難航している。不思議なことに、書くことはだんだん難しくなっているようだ。はじめたころは『おわり』のひと言を書き入れるまでがあっという間だった。最近は、『おわり』に到達するまでがひどく遠い。 「おい、奇襲班はどこに行った?」ウィリーが叫ぶ。「このままじゃもたないぞ!」  ロバートたちがドーザーをひきつけている隙に、別動隊がそのねぐらを叩くという作戦だ。だが敵の数が多すぎ、味方は対処しきれなくなっているようだった。 「畜生、来たぞ!」  ドーザーの群れがとうとう一次防衛ラインを越える。兵士たちは攻撃を続けながら、後退をはじめた。  マガジンを変えながら、ロバートは考えていた。男(名前は未定)は女(アイリス)を誘い、レストランで食事をした。その場面がどうにも、しっくりこない。  そもそもレストランの高級料理なんて、食べたことがないからだ。じゃあ、勝手知ったるバーに行けとでも? さすがにそれはまずいだろ、初デートなのに。  ……やっぱり、向いていないのだろうか。頭の片隅でもう一人のロバートがこぼす。小説を書くなんてことは。毎日、血と埃にまみれて銃を撃ちまくるだけのおれには。  そのとき近くで爆発が起こり、悲鳴がロバートの意識を引き戻した。 「ウィリー?」  爆発に巻き込まれたのか、前方にウィリーが倒れていた。すぐそばまで迫ったドーザーの巨大な顎が、彼をすりつぶそうとしている。  ロバートは銃を構えて飛び出した。部隊長に名前を呼ばれたような気がしたが、そのまま突っ込む。銃を撃ちまくりながら前進し、ドーザーの顎が上がったところに潜り込んだ。がれきに挟まれたらしいウィリーを無理やり引きずり出す。怪物たちの足踏みに、地面が舌を噛みそうなほど揺れている。 「ロバート、早く下がれ!」  味方の援護射撃がはじまり、あたりに爆音と土煙が立ち込めた。気絶したウィリーをひきずりながら、ロバートはがむしゃらに後ずさった。

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