前編

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前編

 物心つく頃から、出原若葉(いではらわかば)にとってそこは「聖域」と呼ぶに相応しい場所だった。自宅から歩いて数分の処だ。彼女によれば、巷で言うところの「推し活」で表現される『聖地』巡りのような感覚とは少し異なるらしい。崇高で神聖な「神域」と言っても過言ではないとの事。  その「神域」から如何とも離れがたくて、大学も就職も地元で! と決めていた。若葉にとってはそれは呼吸するかの如く自然な事で。学校の担任との進路希望についての面談で、県外にも数多選択肢がある事に気づかされほどだ。実際、都会に憧れて上京を目指す者が大半だった。それでも若葉の決意は揺るがなかった訳だが。  そして神職に就く事が大きく掲げた夢の一つだった。その場所を未来永劫、美しいまま保ち守る為に。  それはまさに圧巻だった。まるで神妙な力が働いているかのように、その場所だけ切り取られた別天地だった。 さながらそこだけ永遠に時が止まっているかのように、幽寂閑雅に包まれていた。  藍色だった東の空に乙女色がかかり、文字通り曙色に染まる頃。朝露に濡れた八重の花房が白い光を放ち、風に揺れ滝のように流れる。松葉牡丹を彷彿とさせるような花。たわわな花房は俯き加減で朱鷺色(とき)に染まり、さながらはにかんだ少女のよう。昼は親しみ易い笑みを浮かべ、中紅花(なかくれない)紅鶸色(べにひわいろ)へとお色直しをする。西の空が文字通り天が紅色へと衣装を変え、更には潤色(うるみいろ)から冥色(めいしょく)へと移り変わる頃。花の一つ一つ内側から淡く発光したように、薄紅色に輝きを放つ。  そう、「花あかり」だ。暗闇の中でもその花木が光を放って周囲を照らす。 イチイにヒノキやスギ、イチョウやカヤ等の森の木々、苔が彩る大地や深紅の鳥居。その花木の前に寄り添うようにして立つ篝火の型が見て取れる。  その花木は周囲に囲まれた森と、朱華神社(はねずじんじゃ)の境内一体に守られるようにして立つ「ヤエベニシダレ」という類の『一本桜』だった。一本桜とは言っても、枝垂れ桜の大樹三本分はあろうかと思われるほど見応えがあるものなのだが。  それは光の加減で朝、昼、晩で花の色の印象が移り変わって見える事から「朱華色(はねずいろ)を連想させ、『朱華の八重桜』。通称、樹齢一千年余を誇る一本桜【朱華の八重の滝桜】と呼ばれていた。  そこは知る人ぞ知る隠れた名所となっており、毎年この花が咲く時期になると口伝えで知った観光客がひっそりと訪れる。訪れた人々は皆静かにサクラを愛でるのだ。  特に、夜桜は必見だ。本当に花の内側から光を放っているかのように花木全体が発光して見えるのだ。更に、サクラに寄り添うようにして立つ花篝(はなかがり)の穏やかな揺らぎの中にも力強い炎と相まって、得も言われぬ幻想的な風景となる。花篝が灯るのはこの時期だけなので是非とも見るべきだ。因みに、花篝の火を灯すのは地元民が総出でローテーションを組み、二人か三人体制で臨む昔からの習わしだ。当時幼い若葉は早く大人になって、花篝を守る一員になりたかった。  花あかり。若葉はその時期の光景が取り分け好きだった。後に述べるが、「八重の桜姫と篝火の伝説」は幼い頃からのお気に入りで。常に、心の奥底に宝物のように収納しており、悲しい時や辛い時はそっと取り出してその透明感のある美しさを眺める事で、癒されたり励まされたりしてきたのだ。  そのような感じで、例えば放送部の活動で遅くなった日も、サクラと篝火が見守りつつ、辺りを明るく照らしてくれている気がしていた。この時期限定の美を毎年楽しみに、そして大切にしてきた。  勿論、サクラを愛でるのは開花時期だけではない。桜雨の美しさや桜しべの愛嬌のある可愛らしさ。初夏の柔らかな葉、真夏の青々と茂る葉、落葉の「わびさび」の風情。そして樹氷の息を呑む美しさ……と一年中鑑賞出来る。  さて、参拝客に話を戻そう。  皆一様に……  何人たりとも言葉を発してはいけない、そんな空気にさせる神聖な何かが、不思議とその場所には満ちていた。故に、参拝の後サクラを前に瞑想を始める者、パワーストーン持参してそれを浄化させるようにサクラに翳す者などが少なくない。そんな中でも、皆沈黙を保ったままだった。近しい者同士で訪れたとしてもそれは変わらず、所謂「暗黙の了解」として静寂の場がその場を統率していた。  見渡す限り広がる田畑や果樹園の小道を只管歩を進め、やがて行く手を阻むようにして立つ竹林が目に映る。同時に、苔に彩られた石の鳥居も。その隣には、  「ご参拝の皆様へ。 朱華の八重の桜姫様と(かがり)様は大変静かな環境を好まれます。音を立てられますと、びっくりなさった八重姫様をお守りする為に篝様が世にも恐ろしい罰をお与えになる場合もないとは言い切れません。(尚、当方では責任を一切負いませんのであしからず)  よってこれより先はおしゃべりは慎まれますよう、また出来るだけ音を立てずにお歩き下さいませ。併せて、携帯電話等の音の出るものは全て電源をお切りになるか消音にして頂きますよう何卒宜しくお願い申し上げます。また、御参拝は出来る限り最大の『無音』にてお願い申し上げます」  と。いささか珍妙な注意書きが、大理石製の記念碑に黒の太字で書かれている。一見すると、観光地でよく見かける短歌や詩が書かれていそうな雰囲気だ。どうやら比較的新しく建てられたもののようだが。  ここで一点。兎に角い八重姫と篝とは何ぞや? と。サクラが見事だ、という事だけを聞いて訪れた方は疑問を抱くだろう。だが一先ずそのまま、竹林の参道を進んで行く。「シーンと静まり返った」という表現はこのような時に使用するのだ、と妙に納得しつつ。  サラサラと波打つ羽音が心地よく耳に響き、全身は竹色に包まれていく。心身は疎か手持ちのものまでもが隅々まで浄化されていくような錯覚に陥りながら更に歩を進める。やがて、右手に「朱華神社」と金色の文字で描かれたヒノキ製の社号標と深紅の鳥居が目に飛び込んで来る。そして鳥居の奥へと双眸が引き寄せられるのだ。  それが、樹齢一千年余を誇る一本桜【朱華の八重の滝桜】だった。その奥に、参拝する本殿が控えている。鈴も鳴らす事は控えるように固定と共に注意喚起の札がつけられている。賽銭箱に如何に音がしないように入れるのか、これも秘かな楽しみとなっているらしい。  社号標の隣に、手水所と竹林の入り口にあった大理石製の記念碑のようなものがあり、そこに「朱華の八重の桜姫と篝の伝説」と表された物語のあらすじが展開されている。  ~~~~~  今からおよそ千年以上昔、まだ人と妖怪、八百万の精霊や神々が共存していた頃の事。春の息吹からそれは美しい精霊が誕生した。光の具合で様々な紅色の種類に変化して見える髪を持つ事から、朱華姫(はねずひめ)と呼ばれた。その類まれなる美しさと卓越した聖なる力から、コノハナサクヤ姫の筆頭次女に、と期待されて大切に育てられた。  時を同じくして、妖界の女王である十の尾を持つ妖狐の一人息子(かがり)が生まれた。彼もまた、類まれまる美貌と妖力を持った事から、何れば妖界の王に……と大いに期待されて育てられた。  時が経ち、美しく成長した朱華姫と篝は出会い、互いに一目で恋に落ちてしまう。だが互いの一族が大反対。それもその筈、聖なる世界の精霊と、妖や霊の類の世界では水と油で相容れないからだ。それでも惹かれ合う若い二人を止める事は不可能だった。激怒した精霊界の王は、朱華姫を花木に変えてしまった。大層嘆き哀しんだ篝は、いつまでも愛する朱華姫のそばにいられるよう「篝火」へと姿を変えた。互いの一族は篝の生きざまに根負けし、竹林と森の守護を兼ね添えた神社を建て、彼等を祀る事にしたのである。  こうして彼等は未来永劫、共にいられる事となった。  【山吹のにほへる(いも)がはねず色の赤裳(あかも)の姿(いめ)に見えつつ】  (山吹のように美しいあの娘のはねず色の赤い裳姿を夢に見ました) 【はねず色のうつろひやすき心あれば年をぞ来()(こと)は絶えずて】 (あの人朱華色みたいに移ろい易い心があるから、何も進展が無いまま年月が過ぎています。言伝だけは絶えないのですけれどね)  これは万葉集にある朱華色を詠んだもので一般的には作者不明とされているが。先にサクラとなった朱華姫に、篝火となった篝が照れ隠しに詠んだ和歌と、嬉しさと気恥ずかしさで照れ隠しに詠んだ朱華姫の返歌だ、という説がこの地域えは伝わっている。  ~~~~~  若葉はこの和歌のやり取りもお気に入りで。幼馴染で一つ年上の九十九猛(つくもたける)と、暇さえあればこの神社の境内で「朱華姫と篝」のごっこ遊びをしたものだった。二人で、朱華姫と篝を守って行こうと指切りをした。その時の右手の小指の感触は秘かにに若葉の心の宝箱に仕舞い込んであるのは言うまでもない。  幼い頃によくある、  「大きくなったら、叔父さんがやってるここ、はねず神社をボクがついで、わかばをおヨメさんにするんだ!」  「うん! じゃぁ、わかばは巫女んか神まにかんけいたおごとするね」 などという微笑ましい会話を、つい昨日の事のように思い出す。時が経って、猛とは俗に言う高校までは一緒に登校し、自然に恋人同士とやらになったようだが。若葉に言わせると、物語の中によくあるような王道な恋愛展開は現実世界では難しいのが世の常らしい。  いくら猛がこの地域一帯を率いる大地主の一人息子であったとしても。そう都合よく朱華神社を継いだり、たまたま家が隣同士というだけの単なる幼馴染と結婚など出来る筈がないのだ。まして、猛は地元の県立高校バスケットボールのエースで。全国大会でベストエイトに入ったり、全国模試で上位二十に食い込む頭脳、更にAIに描かせた韓国系アイドルのようなイケメンなのだ。長い手足にショートのミニウルフがよく似合う……  実父が外に家庭を持っていた、という最大の裏切りの挙句あっさりと捨てられ、ボロボロに傷ついた母親を年長組の頃から見て育ってきた若葉は、わりとリアリストでドライな面があった。  だから、 「広い世界を見て社会勉強をしてくる!」  と、東京の経済系の大学に進学した彼はきっと、都会の洗練された美女に乗り換えるだろうな、と予感していた。  つい最近まで、参拝客の一人が何気なくSNSに「朱華姫と篝」の写真を伝説と共にあげたところ、参拝客が増えて来た。それ自体はとても喜ばしい事だが、静かに愛でる、清潔に使うという暗黙のルールが守れない客も出て来てしまった。困ったところ、彼と大人たち……主に猛の親族と相談して注意書きを設置したのだ。  人間の善意を信じた暗黙のマナーは、時代と共に消えつつある、と大人たちは嘆いていた。場合によっては、朱華姫と篝に触れないようにしめ縄と紙垂(しで)で囲いを作らねばなるまい、との話だった。その上、若い人たちはどんどんとこの場所を離れて過疎化が進んで行く事が予測され、それも問題として議題に上がっていた。  つい最近まで、この場所を「秘かな名所」として皆に知れ渡ってくれたら、猛と語り合っていたのだが……  しかし予想通り。彼が大学に入学してから頻繁にSNSのliner(ライナー)や電話をし合ってきたのに。 「春休みにさ、すごい人を連れて行くよ。きっと何もかも上手く行くさ。そんな訳で、しばらく忙しくて連絡出来ない。けどさ、何があっても俺を信じてな。約束だぞ?!」  というメッセージ以降、午後帰宅予定と一言メッセージが来たのが二週間後。その間なしのつぶてだ。  ほらね! 男なんてそんなものだ。だから何も驚かないし傷つかない。平気だ。たまたま幼馴染だったから馴れ合いで付き合ったようなものだし。元々、彼はよくモテるのだ。一部の女子から「目がデカいだけのちんちくりん女の癖して」と陰口を叩かれたり、筆箱や上履きを隠されたりしたのは一度や二度ではない。その度に、担任に頼んで学級問題にして貰ったり。  猛には、媚を売って来る女子には毅然とした態度で接するようにさせたりして、決して屈するような事はしなかったが。そのせいか表立って事を起こされるような事は無くなった。実父と母親の件で、ただ泣いているだけでは相手に舐められてやられる一方だと学習したのだ。  若葉は常に強くあらねばならない。母親を支えつつ守れるのは若葉しかいないのだから。だから、鼻と喉の奥がツーンと痛くなって、目の前が霞むのは花粉症なのだ。断じて、泣きそうになっている訳ではない!  「なーにが『何があっても俺を信じてな、約束だぞ?!』だよ、バーカ」 ちょうど満開を迎えた朱華姫の木陰に隠れた若葉は、小声でそう悪態をついた。  篝火の前に猛は居た。最新バージョンのバービー人形みたいに、俄かには信じられないほどスタイル抜群の華やかな美女を伴って。  

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