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「あやめは人嫌いだから気をつけるように」
そうおとに言われて、咲良は神妙な面持ちで頷いた。
あやめここに雇われている狐だが、隆爺とはまるで逆で人間嫌いらしい。
透けるように白い肌。切長の目に艶やかな髪の驚くほどの美人だ。彼女とはすでに言葉を交わしていた。
「現世にいたの? 色々聞かせてくださる?」
「はい、ホテルで働いてました。旅館の知識はありません、ご指導ご鞭撻を賜りたく」
「あら、狐に頭を下げなくていいのよ。あなた、山犬でしょう? 昴さまと一緒ね。いいわね、羨ましいわ」
聞くところによると、山犬は隠り世に生きるあやかしの中で、格上の存在らしい。
並べるのは八咫烏くらいだ。
西の烏、東の山犬。その下が稲荷の狐や春日の鹿である。
龍などの霊獣はまた別格らしい。
どうやらあやめは昴に気があるようだった。
雇い主を好きになるなんて、なんてめんどうな。
「そんな経緯があれば、昴さまのこと、好きにもなりますね……」
「ああ、あやめは本当にわかりやすいから……あの子、大将が気にかける若い娘に嫌がらせするから気をつけな」
面倒臭いなと思いつつも、咲良はあやめの心情が痛いほどわかった。
今、咲良がおとを大好きなように、行くところのないところを拾ってくれた昴を好いているのだろう。
好きになるのに、なんら不思議なところはない。昴は見たところ妻もおらず、飲みに行っても朝帰りもせずに帰ってくる男。社を任されていていて社会的地位も高そうだ。
そりゃあ好きにもなる。
「社を潰されたり、自分の川をなくしたり、山を切り開かれたりすると行き場を失う。それだけならまだいいんだ。自我を失っちまって暴れたり、人を呪おうとする奴らも多い。神使やあやかしが堕ちると妖怪とか物の怪とか呼ばれる、神の場合は荒振神って言う」
「そうなんですね……」
「ああ、覚えとくといい」
おとは茶で喉を潤し、「他にも気になってることはあるかい?」と問いかけてきた。
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