プロローグ

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プロローグ

 ふとした時、今でも鮮明に映し出される。    あの遠い夏の日。彼女と出会った時のことを。偶然だったのか、それとも必然だったのか、分からないけれど、僕たちは出会った。  もしも、あの出会いがなかったとしたら、僕はこうして笑いながら生きてはいなかっただろう。きっと、変わらない無限のサイクルの中を彷徨い続けていたに違いない。    彼女は、僕に幸福を与えてくれた。本来なら、それは僕の役目であり、生きる意味でもあったのだけれど、彼女は人間でありながら僕よりも上手にやってのけた。それも、与える側のこの僕に対してだ。    思い出せば出すほど、情けない話だと感じる。けれど、それと一緒に笑顔も零れてしまう。情けない話で、本当に良かった。    僕は笑う。彼女も笑う。そして、彼女は言う。「幸せだ」と。そして、僕も言う。「幸せ」だと。    何が幸せで何が不幸せなのか、そこにはきっと答えはないのだろう。答えのない答えを探して、いつまでもいつまでも巡り巡る。そうして、いつか辿りつく。答えのない答えのその先に、あたかも最初から書き記されていたかのように、いつか出会う。    僕は彼女に幸福をもたらす。それが、僕の役目、僕の生きる意味だから。彼女は僕に幸福を与える。それは、彼女の役目でもなく、生きる意味でもない。それでも、彼女は僕に幸福を与え続ける。    終わりはない。僕と彼女が互いに幸福を与え続けるこの関係に、終わりはない。命の灯火が消え去ろうと、終わることなはい。何故なら、彼女が望んだから。僕に、望んだ。人間の望みを叶えることだけが、生きる意味だった僕に望んだのだ。  僕は笑う。彼女も笑う。そして二人は声を揃えて言う。「幸せだ」――と。  もはや絶滅してしまった幸福をもたらす生物が、僕。けれど、絶滅の真偽は定かではない。表面上、絶滅したように見えていても、事実は違っている可能性は、十分にある。ただいなくなったように見えているだけなのだ。きっとそう、僕のように。人間とは違う、幸福を与えるだけの生物が、人間とずっと共にいることを望まれた僕のように。    僕は笑う。彼女も笑う。そして僕たちは。互いに見つめあう。    僕は――人間ではない。    幸福をもたらす生物。僕は、ケサランパサランと呼ばれている。    幸福をもたらすケサランパサラン。けれど、今は、彼女の想いの中にある幸福を、僕も与えられている。

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