青の川

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地元を上げて開催されるイベントで、ブルーインパルスが展示飛行を披露するという――イベント会場は自宅からは結構離れている。でも飛行ルートには自宅近くの川沿いが含まれいて、川に面した道なら目と鼻の先だ。そのサプライズなニュースに、俺のテンションは爆上がりだった。 あの川に沿ってブルーインパルスがその轟音と共に駆け巡る…… 空を仰ぐその光景を想像するだけで、久方ぶりのワクワクを伴った。その興奮を抑えながら息子に話しかける。 「なぁ、今週土曜日の昼間にブルーインパルスが大川上空を飛行するってよ?」 「ほんと?絶対見に行くっ!」 飛彦(とびひこ)(飛行機オタク)である息子は、小学校低学年にして既にブルーインパルスのことを知っていて、憧れすら抱いている。いつか展示飛行のイベントに連れて行ってやりたいと思っていたが、まさか地元で観覧の機会が訪れるとは。 ただ、天気が心配だな…… イベント当日はもう明後日。当日の天気予報はあいにくの"曇り時々雨"となっている。ブルーインパルスは空の青を背景にしてこそ映えるのに…… ブルーインパルスは毎年月に二回程度の頻度で展示飛行が予定されるのだが、その内の何度かは悪天候により中止になるのが通例だった。そのアクロバットな飛行の特性上、天候にはとてもシビアなのだ。実際、過去に何度も死亡事故を起こしており、その原因のほとんどが視界不良だった。その教訓を活かし、天候にまつわる細かな規程が設けられていて、シーリング(雲の高さ)が一定程度低く、視界不良の場合は中止もありえた。 息子がてるてる坊主を作りたいというから、一緒になって二体作り窓際に吊るす。 どうか中止にはなりませんように……と願いを込めて。   そしてイベント当日 ーー 飛行予定時刻は正午頃、雨は何とか持ちそうだったが、予報通りの曇りだ。残念ながら晴れ間の覗く気配は今のところない。そもそもシーリングが低ければ中止もありうる状況だ。 青空への望みはほとんど諦めつつ、息子と一緒に川へと向かう。少し余裕を見て11時半には到着するように家を出た。 川べりでは、欄干に沿って人がぎっしり詰まっている。この絶好の機会を逃すまいと、みんな考えることは一緒みたいだ。川を跨ぐ橋の上はもう車が通れない程の人集りになっている。 「想像以上に人が多いな。どの場所がベストかな……この状況ではなかなか選択肢は限られてしまうけど」 「あそこはどう?」 そう言って息子が指差したのは、川沿いの公園にあるジャングルジムだった。まだ誰も占拠していない。まさに穴場だ。子供の目の付け所は違うなあと改めて関心する。 小走りで公園に向かうと、二人してジャングルジムに登った。 「パパ、見て!」 息子の指差す方向を見やると、曇り空の合間からわずかながら晴れ間が覗いている。 「この予報で天気が好転するなんて、てるてる坊主のおかげかな」 それからじわりじわりと晴れ間が広がり、ちょうど川に沿う形で”青の道”ができた。まさに奇跡的だった。天の川ならぬだ。 するとタイミング良く、空全体に”ゴーーー”といううなりが轟き始めた。息子と顔を見合わせる。その表情は期待と興奮に満ち溢れていて、微笑ましい限りだ。 「パパ、もう来るよ。ブルーインパルスの速度は時速千キロもあるから、きっと一瞬だよ」 さすがは飛彦の息子。いつも飛行機のことになるとうんちくが止まらないのだ。  程なく、遠く空の彼方に機影が現れると、周囲から歓声が沸き起こる。 それも束の間、六体の機影は寸分乱れぬ編隊を組んだまま間近に迫ると、轟音を立ててあっという間に上空を通過。ブルーインパルスはまるで雲を引き裂くようにして突き抜けると、ものの数秒でイベント会場の方向へ小さくなっていく。上空には六筋のスモークが、青の川を背景に美しい轍を残した。 「げっ!速すぎて動画がうまく取れてないや」 「別にいいよ。しっかり目に焼き付けたから。たぶん今日のことは一生忘れないと思う」 「本当にすごかったな。まさかブルーインパルスのパイロットになりたいとか言うんじゃないだろうな」 「彼らはエリート中のエリートだからね。憧れはするけど、さすがにあんなスピードで運転するのはちょっと怖いかも」 「だな。実際に殉職者もいて、かなり危険な仕事のはずだ。親としてもあまりお勧めしたくはないかなあ。いずれにしても別の場所でも展示飛行の予定があるだろうから、また今度連れてってやるよ」   まだまだ息子には、将来の可能性が無限に広がっている。ついさっき青の川を突き抜けたブルーインパルスに、颯爽と未来を駆け抜けて行く息子の姿を重ねながら、俺にできることは何でもしてやりたいと、改めて心に誓った。

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