「尾方先輩ってなんで先方様の言葉にしない要望がわかるんです?」
「雑談と観察かな?」
「私だってしてるつもりですけど……」
「そこはほら、生まれ持ったセンスっていうか」
「他の人が言ったら腹立つのに尾方先輩が言うとだよなぁって気分になりますね」
今日は後輩の女の子のサポートについてきていた。オレは自分自身もそれなりに顧客を抱えてるし、そのフォローアップもあるからこういうことはかなり珍しい。女の子って苦手なんだけど、この子は自分が初めて指導係をした子でもあるし、快活でボーイッシュだから接しやすかった。あと、この会社で唯一オレがゲイだと知っている人間だ。
「なんか最近元気なさそうかと思ってたけど、営業スキルはなんも変わらないんですもんねぇ」
「元気なくないし! 今日だって仕事終わったら遊びに行くから」
「あ、そうなんですね。気のせいかぁ……」
オレの教え子だけあって、なかなかの観察力。以前、普段からの人間観察を勧めたこともあって、お客様だけじゃなくて職場でもかなり人を見ているようだった。
そして、後輩に元気ないと思われていた自分にショックしかない。これは本格的にスッキリするしかないだろ。
……と、意気込んでそこそこタイプの男とワンナイトしたのに、自宅に帰ってきてがっくりしていた。
なかなかの絶倫系で何度も求められたし、たくさん褒められたし、絶対悪くなかったはずなんだ。なのに、なんなんだこの罪悪感というか、とんでもなく落ち着かないもやもやは。
「シャワー浴び……いや、風呂にしよ」
オレはすっきりしに行ったはずだ。もちろん身体は、出なくなるほど搾り取られて疲労感が漂っているのに、精神的にはこれっぽっちもすっきりしてない。そのぐったりした心身を癒すために珍しく湯船に湯を張ることにした。
「あー、カビ」
そりゃそうだ。前の生活に戻ったってことは、放置してたってことなんだから。しばらくマメに手入れされていたからか、まだ水の溜まりやすい角とか端のほうだけではあるけど、黒いポツポツとほんのりピンクのアレ。こいつらってホントしつこい。今までは結構汚くなってからしょうがねぇなってスポンジでゴシゴシしてたけど、と洗面所の下を開けた。あった。置いていったんだな。
「湯を張ってる間にこれをスプレーしとけばいいんだろ?」
──換気扇忘れないでくださいね。
「わーってるよ」
今までそんな会話したことないのに、勝手に作り上げたジュンと会話するオレ痛い。
これ系のスプレーって買ったことがなかったけど、吹き付けて流すだけでかなりきれいになるんだって言ってたのは覚えてる。酸素系漂白剤は使っちゃダメとかそういうのは知ってたから、買うときに気にするのが面倒で買ってなかっただけなんだけど、そもそも漂白剤なんて家にはなかったもんな。
自動お湯張り完了のメロディが流れたあと、少しして薬剤を流しにいった。換気扇をしていても意外と臭い。これはすぐには入れないやつだ。ジュンがいたとき、オレが帰ってきたときにこんな臭いが充満していることはなかった……あいつ、いつ洗ってたんだ? いまさらジュンが本当にオレに気づかっていろいろしててくれたことを実感する。
臭いのなくなった風呂に入ってぶくぶくと頭まで沈んだ。湯の中で「ばーかばーか」とジュンの悪口を言う。少しのいい思い出だけ与えて、自分の前から消えるとかあの母親と一緒じゃねぇか……。
「ぷはっ。だからマジ恋なんてろくなもんじゃないんだ」
──っ! え、マジ恋ってなんだよ。
ぽろりと自分の口から出た言葉にオレが一番驚いた。
「いや、だから、オレは恋愛しない主義なんだって。そんなの面倒だって思春期の頃には思ってたじゃん」
風呂での自問自答は続く。ジュンが出ていった日に何度言ったかわからない「なんで」がまた溢れてくる。
なんでいまさら。なんでジュン。なんでどこにその要素があった。なんでこのオレが。
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