できる以前の問題です!

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できる以前の問題です!

「お金が無ければ、借りたらいいじゃない」 ……一体どこのマリー○ントワネットか。 なんてそんな台詞を、もしも身内が口にしたら、そのうえ有言実行だったなら、貴女なら一体どうしただろうか? この世では、親が子を選べないのと同じように、子も親を選べない。 そこはイーブンだと言えよう。あくまでそこまでは、であるが。 しかし、扇を片手に精微なレースと豪華なフリルをあしらった、贅をこらしたピンクのドレスを纏い謡うようにそう告げる女性が、もしも自らの母親だとしたら――――正直なところ、人生終わった、と嘆いても致し方ないと思われる。 件の王妃の発言については諸説あるらしいけれど、その歴史上の人物当人だと言われても疑いはしなかっただろう彼女の名は、ロクシアナ=フォンターナ。 とても、とてつもなく悲しい事に、今世での私の実母の名である。 一見すれば、長い金髪を高く結い上げた、王妃の如く華美に飾り立てたデコレーションケーキのような貴婦人だ。 「歴史は繰り返すって言うけど、転生してまで繰り返さなくてもいいのに神様の大馬鹿……っ!」 「あら、リイナったら何か言った?」 「な、なんでもありませんわお母様っ。ほほほっ」 口元に指先を添え、淑女らしく微笑みでもって態度を誤魔化す。 内心では己の運命を呪い、ついでに神も仏もないと泣きたい気分ではあるけれど。 それにしても、この『淑女のマナー』というのは、自分の元の性格を顧みると正直な所とてつもなく窮屈だと思う。  笑うこと一つとっても作法を守らなければならないなんて、いくら処世術といえどこの世界の貴族はなんとも生きづらいものだ。 口を開けて笑っては駄目、大きな笑い声は厳禁、口元は扇か指先で隠すべき。だなんて。 つくづく元いた世界、つまり前世の私が生きていた世界は生きやすいところだった。 きっとあの世界にだって問題は多々あったのだろうけど、私自身が再び繰り返しているある一点を除けば、まだ十分平和だったと言えるだろう。 「それで、お母様。もしかして……またクラッド様に出していただいたんですか。そのドレスの代金を」 私はうんざりしながら、真新しいドレスで優雅に微笑む母を見た。 大事なことなのでもう一度言うが、とてもとても悲しい事に、彼女は私が知っているある人にもの凄く似ている。 むしろ、性格でいえば瓜二つと言っても過言ではない。 「うふふ。まあリイナったら。お金の話なんてよしましょうよ。こんなに綺麗なドレスなのよ? そんな話は無粋だわ」 軽やかに微笑みながら、お母様は片手をひらひらと蝶のように翻して言った。 けれどその優雅な仕草に、私の心がずっしりと重くなる。またか、という言葉が頭の上に重石のごとく伸し掛かった。 考えなくともわかる。 無粋だろうが邪道だろうが、どうして一銭も無駄なお金のないフォンターナ家の女主人が、そんなウエディングケーキみたいな段々重ねのドレスを新調出来たのか。 答えなどわかりきっていて、おかげで頭と胃がきりきり傷んだ。 親子の縁、切れないかなと薄っすら思う。 「……いくら私とクラッド様が結婚したからと言っても、お金はアルシュタッド商会のものなんですから、湯水のように使うのはやめてくださいお母様。私に言って駄目だったからって、クラッド様にお願いするなんてっ。妻の母に頼まれて断れるわけないじゃないですか! それに、ドレスだってもう沢山持ってるんですから、これ以上は必要ありません。いいですか。もう二度と仕立てちゃ駄目ですからねっ!」 「まっ」 びしりと指先を突きつけて言い放てば、お母様は悲鳴のような一声をあげて、突然眩暈がしたようにわざとらしく「あ~れ~」と続けながらよろよろと傍にあった長椅子へ倒れ込んだ。 普通に倒れたらそんな器用に椅子までたどり着けないはずですが。 私が前世で倒れた時には顔からコンクリこんにちはしていましたよ。 まあそのまま文字通り逝ってしまったからここにいるのですけれど。 過労って怖い。 「リイナったら……っリイナったら酷いわ……! 貴女のお父様が亡くなって、もう何年経っていると思っているの? 一人娘の貴女もお嫁にいって、独り寂しい生活を、ちょっと素敵なドレスで癒やそうとしただけじゃない……素敵な服があれば、それだけでまた明日から頑張ろうって思えるのよ。なのに……!」 くうっ、と白いレースのハンカチを噛み締めたお母様は涙混じりに私に訴える。けれど、その手はもうとうの昔に通じなくなっているのだ。私はふう、と一呼吸置いてから、一気にお母様に現状を説明した。 「そのお父様が亡くなった後に遺産を全て使い込んだのは一体どこの誰だと。いくら屋敷の維持や私の淑女教育にお金が必要だといっても、計算すればあらかたの概算は出るんですから、それと見比べるとお母様の消費率は異常です。完全に浪費癖です。断言します。それに、独りで寂しいって、執事のセヴェルや侍女のエディナがいるじゃありませんか」 「それはそうだけど……」 正論で返されて、よよよ体勢から口先を尖らせるただの駄々コネ態度へと打って変わったお母様が、不満げに呟く。 確かにロクシアナお母様はお父様亡き後再婚するでもなく、独り身で過ごし私を育ててくれた。 それに関しては感謝している。前世の母親とは違って、ちゃんと私のことを娘として愛してくれたこともだ。 けれども、元々彼女が『金喰い魔女のロクシアナ』として貴族界隈で名を馳せていたのは有名な話である。 だというのに、それでも良いとベタ惚れで母を妻にした父、キーマン=フォンターナは周囲の人間の想像通り、結婚後も彼女に財産を散財させ、甘やかしに甘やかした上でこの世を去ってしまった。 もちろん恨みましたよお父様を。 死者を冒涜するのは最低だとわかっていても、お父様お気に入りだった彫り細工グラスを叩き割る位には恨みました。 後から職人さんに懺悔したけれど。 でもそこまでです。 だってお母様達は超がつくくらいのバカップルだったんだもの。 仲が良すぎて娘の私ですら目も当てられないくらいだった。 自分が一人娘なのが不思議なくらい。 もしもお父様の身体がもっと丈夫だったなら、きっと子沢山に恵まれていたことだろう。 そうならなかったのが唯一の救いではあるけれど。 何しろお母様は生粋の世間知らずだ。 実家でも嫁入り先でも甘やかされた超ど級の世間知らずといえるだろう。 そのうえ騙されやすく信じやすい天性のお人好しで、かつ楽観的。 たとえるならば解けたリボンのような女性なのである。 きっとこの段々重ねケーキドレスだって、相場の二倍以上で買わされているだろうと断言できるのだ。 前世からずっと服はセール品が当たり前、むしろ季節終わりの七割八割九割セール上等な私からすれば本当にありえない。 既製サイズの服より仕立てた方が高いのは前世も今世も同じだ。 だというのに、こんな豪華過ぎるドレスを作ったりなんかしたら、とんでもない費用がかかったことは目に見えている。 しかもその費用の出処が、未だ初夜すら迎えていない新婚夫の財布だというから、余計に頭が痛い。 「とにかくっ!! 今後二度とクラッド様に無心しちゃ駄目ですよっ! いい加減にしないとお母様の生活費援助だって打ち切ってもらいますからねっ!?」 「ああっ。それだけは勘弁して……っ! もう芋のスープは嫌よ……!」 「だったら節制してくださいっ! 暫くはお母様の交友費減らしますから!」 「そんなぁ……」 がくり、と項垂れる母ロクシアナを前に、鼻息荒く言い捨てた私は成り行きを静かに眺めていたお母様付きの侍女エディナに目を移した。 母より歳を重ねた老齢の侍女は、私が幼少の頃は美しい新緑をしていた髪を今は白銀に変え、それと同じ年月を刻んだ皺のある顔で柔らかに微笑んだ。 その笑顔にはお母様を止められなかったことを詫びる意味が込められている。 「……ごめんなさいねエディナ。貴女の娘、エブリンをアルシュタッド邸に連れて行ってしまったから、お母様のお世話が大変になったでしょう」 「いいえ。むしろ我が娘エブリンをご同行いただき、本当に嬉しく思っております。あの子はリイナ様が大好きですから。ロクシアナ様のことはセヴェル殿と二人でお世話させていただいておりますので、どうかご安心下さい。最近は下働きに若い青年も入ってくれて仕事が大分楽になったんですよ」 「そうなの……」 柔和な笑顔で語る侍女エディナ=エルダーは、私が産まれる前からフォンターナ家に仕えてくれているいわゆる最古参の使用人である。 そして彼女の娘であるエブリンは私付きの侍女であり、嫁入りの際にクラッド様の屋敷であるアルシュタッド邸へ共に入ってくれた忠義ある(?)女性だ。 これには少し語弊があるかもしれない。エブリンの場合、忠義という部類ではない気がする。 それに私を大好きというより、目の離せない愚妹を放置できなかっただけのような気もする。 幼き日より姉妹のごとく育ってきた糸目の女性は、美しい萌葱色の髪に健康的な褐色(ブロンズ)の肌をした、どんな時でも微笑みを絶やさない鉄壁の顔面を持つ侍女だ。 彼女は、現在二十歳の私より八つ年上のお姉さんである。 見た目はエキゾチック美女だが、怒るとアマゾネス化する結構恐い女性でもある。 というのも、私に淑女のいろはを教えてくれたのが家庭教師でもお母様でもなく、そのエブリンだったりするからだ。 彼女のスパルタマナー講座は、今思い出しても寒気がする。 一応弁解すると、勉強自体は転生する前から嫌いではない。 けれど話す時の手の位置だとか、ダンスの申し込みのOK&拒否の仕方だとか、どこの伯爵とどこの男爵家が親戚関係で、などそういうのは、正直ものすごく苦手だ。 貴族名鑑がある世界なのでそれも致し方ないと思うけれど、選手名鑑ならまだしもそんなもの元一般市民だった私が覚えられるわけがない。 つまり、今の私がリイナ=フォンターナ子爵令嬢として真っ当なご令嬢を装っていられるのは、彼女エブリンのおかげと言って過言ではない。 そのせいで今でも頭が上がらないのは難点ではあるけれど。 ちなみに私が転生者であり前世の記憶を持っていることを唯一知っているのもエブリンである。 動物並みの鋭さを持つ彼女には、私が前世を思い出した当日の夜にすぐさまバレてしまった。 エブリン、侮りがたし、である。 「そういえばリイナ。今日はエブリンは一緒じゃないの?」 ほぼ姉妹である侍女について振り返っていたら、気を取り直したお母様に聞かれた。 私はそれに、にっこりと微笑みながら答える。 「ええ……まあ。少々お遣いを頼んでおりまして」 「そうなの。ああ、そうだわ、そんなことより……貴女達、まだなの?」 「まだとは?」 聞き覚えのあるセリフに、私は少々うんざりしながら、けれどもそれを表には出さずに素知らぬ振りで聞き返す。 どうせ言われることは決まっているからだ。 「っんもう! いつもそうやってはぐらかすんだからっ。一体いつになったら、わたしに孫を抱かせてくれるのかって言ってるのよっ」 「はあ……」 「またそんな生返事してっ!」 私の気の抜けた返事に、お母様の調子がより熱くなる。正直言って、そういうことを聞くのはいくら母親でもデリカシーが無いと思うのだが、なにしろ彼女のことだ。 自分に非があるとは一切思っていないだろう。 そんな母を見ながら、私は内心で大きな溜息を吐いていた。 っとまずい、つい態度に出してしまっていた。 そのせいだろう、お母様の目がつり上がる。 「リイナ! ちゃんと貴女からもお誘いしなければ駄目よ! クラッド様は国内でも屈指の大商人なんだから、うかうかしてると他の女にひょーいって盗られちゃうわっ。ひょーいってね! だから早く身籠もって、今の地位を固めなきゃ!」 「はあ……」 お母様の言葉で、襟首を捕まえられてひょーいっと持って行かれるクラッド様が浮かんだ。 まあ確かにありえそうな話だ。 クラッド様はどちらかといえば草食系だと思うし、肉食女性には弱いかもしれない。 それにしても早く身籠れとは、むしろそれ以前の問題なのにと逆にお母様に文句をつけたくなったけれどなんとか耐えた。 きっとお母様にはわからないのだ。 最初からお父様に愛された彼女はまさか自分の娘が愛されない結婚をしたなどとは微塵も思っていないのだろう。 なにしろ彼女が甘やかされた原因の最たるものは、その容姿が整っているからである。 娘の私ですら目を瞠る蝶の羽根のように華やかな長い睫と、零れ落ちそうなほど大きな青玉(サファイア)の瞳は万人に称賛されるに値し、なおかつ金より淡い真珠色の髪に白磁のような肌は、金銭感覚さえ除けば神話の女神のごとく美しいのだ。 そんなお母様比べれば……私は転生しても正直あまりぱっとしなかった。 髪はお母様の色とお父様の濃茶が無難に混じり亜麻色で気に入っているが、顔は正直十人並みである。 化粧は普段から身だしなみを整える程度にしかしないし、そもそも自分自身あまり飾り立てるのが好きではない。 きっとすぐ側に派手でそれが似合う人がいたからというのもあるのだろう。 つまりは、お母様に比べ私はかなり見劣りするのだ。 要は美しさがあるからこそ、みな彼女を愛でたのだ。 お母様自身はことごとく断っているが、未亡人である彼女への求婚は未だ後を絶たない。 貴婦人たちの茶会にすら華として引っ張りだこなのだ。そんな風に他人に求められ、受け入れられる事が当たり前だった彼女に、娘の状況が推し量れるはずもないのだろう。 誘えと言われても、置き去りにされた初夜以降は一度ももそんな事態になってないのに、身籠ることなどできるはずがない。 「まあ……頑張ってはみますよお母様」 しかしそんなことを口に出来るわけもなく、私はお母様に曖昧な笑みを返すのだった。

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