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「喜びなさい。下級諜報員と下級ホムンクルスの2人組」
老婆科学者、ドクター西園寺の静かだがどこか興奮気味な声が室内に響く。
ここは闇組織ヘルメスが管理している地下研究室。
広く薄暗い部屋の中央には不気味にライトアップされたリング状の巨大な装置が置かれている。
「初の転送実験に失敗してから2年......ついに転送装置の修理が完成したわ。記念すべき派遣員第2号は貴方達2人よ」
装置の前で嬉しそうに笑う老婆とは対照的に、灰卜はこれから違う世界へ行くという現実味の無さに苦い表情を浮かべていた。
(これから違う世界へ行くってのに俺はこんな普通のビジネススーツ着てて良いんだろうか)
直立姿勢は崩さぬまま視線だけを下に落として自分の体に向ける。
赤いネクタイ、白いシャツ、黒色のスーツと革靴。
集合の指令書に服装自由と書いていたので適当にクローゼットの中にあった服を着たが、もう少し拘れば良かったなと灰卜は黒短髪の頭をポリポリと掻いた。
「三月。貴方の積極的な立候補に応えて私が派遣員に選んだのよ」
「ありがとうございます。ドクター西園寺」
「へっ、何が派遣員だよババアが。オレ達は所詮その装置の安全性を確かめるためのモルモットだろうが」
口を挟んだのは灰卜がお辞儀をする隣でヤンキー座りをしていた銀髪ウルフカットの少女で、人間の物ではない紅い瞳でぎろりとドクターを睨む。
黒のチューブトップの上に目の覚めるような紫色のパーカーを羽織り、ローライズホットパンツと白のスニーカーを履いた彼女もまた冒険とは無縁の格好をしていた。
彼女の名はガルガ。
ガルガ・ルーガ・ルー。
黄金の世界線での諜報活動をサポートしてもらう為に灰卜が選んだ相棒であり、人造生物【ホムンクルス】だ。
威嚇にも似た悪態にドクターは鼻を鳴らして答える。
「ちゃんと理解っているじゃないか失敗作。そうとも、君達の役目は転送装置が正常に作動するかを身を持って確認する事。それだけだ」
「クソババアがはっきり言いやがって。おい灰卜、いいのかよ?」
「ついさっきバディになったばかりでいきなり呼び捨てかよ。じゃあ俺も君のことガルガって呼ぶからな」
「呼び方なんざどうだって良いんだよバカ」
「口が悪いな。何怒ってるんだよ」
灰卜が訊き返すとガルガは目を開いて驚いた。
「おいおい本当にバカなのか? この転送が上手く行かなかったら最悪あの世行きなんだぞ」
「ちゃんと理解ってるさ。それが何だよ」
実に平坦な声での返答。
自分の命が掛かっている場面にいるとは思えない程の落着きにガルガは更に信じられないという表情を浮かべ、もう一度バディである男の顔を見る。
死をも厭わない勇敢さを秘めた面構えではない。
しかし虚勢を張っている様子でもない。
まるで無気力で、疲れ果て、命に対する執着がないかのような目。
「なっ、なんだコイツ......気持ちわりぃ」
顔は笑っているのに生気を感じさせない雰囲気を纏う相棒にガルガは思わず息を飲む。

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