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「澪といて、俺が本当はずっと考えてたこと。俺は、澪のことがすごく大切だから」
そんなことを言うなんて、やっぱり岸本君は酔っているのかもしれない。
「……ありがとう」
彼がこれまでどれだけ親身になってくれていたかはわかっている。複雑な家庭事情を抱えた私を、放って置けない人だということも。
「でもね、本当に、今のままで十分幸せなの。贅沢はできないけど生活に困ることもない。誰にも頼らず自分の力で生活できてる。それって、私にとってすごく幸せなことだから。それに、月に一度他愛もない話をしながら飲める友達もいる。これ以上に何を望むの?」
岸本君に笑みを向ける。
「大切な友人がいてくれる。感謝してるよ。だから、私も岸本君には幸せになって欲しいんだけど?」
「澪……俺は――」
「岸本君の彼女との惚気話、楽しみにしてる」
慣れない満面の笑みを浮かべて岸本君を見た。それなのに、岸本君は笑ってはくれなかった。
「引き攣った笑顔で何言ってんだ」
ばれたみたいだ。基本的に岸本君以外に、こんなふうに砕けて話す相手はいない。笑顔なんて作ることもないのだ。
「じゃあ、おやすみ」
「ああ」
岸本君に背を向けて、錆びた階段を登る。
「本当に辛い時は、真っ先に俺を頼れよ!」
「え?」
背後からかけられた声に振り返る。
「俺たち、友達なんだろ?」
「――分かった」
私を見上げる岸本君がそこにいた。
私は、生きていく上で誰かにかけるであろう一生分の迷惑を掛けて来てしまった。これ以上、誰に頼れると言うだろう。
私の願いは、これ以上誰にも迷惑をかけずに生きていくこと。
これ以上、誰の幸せも奪わず、誰も傷つけずに静かに生きていくことだ。

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