87人が本棚に入れています
本棚に追加
今日は、よく晴れて、優しい風が心地良い。
「気持ちの良いお天気だね〜」
「うん、たまには、外でお弁当食べようか?」
「うん! それ良いね」
会社の食堂ではなく、外に出て近くの公園のベンチに座った。
同僚の凛が、
「私ちょっと買って来るね」と、
目の前のキッチンカーで売られているランチボックスを買いに行った。
「うん」
私は、いつも節約の為に朝からお弁当箱に詰めて来たご飯と昨夜の残りのおかずだ。
周りには、桜の木に桜が咲いてとても綺麗だし、花壇にはチューリップが咲いている。
「綺麗〜!」と思わずスマホを向ける。
夢中になって撮っていると、フワッと何処かで嗅いだことのある香りがした。
──ん? この香り
思わずその香りのする隣りを向いた。
見知らぬ若い男性が同じように立ち止まり、スマホで桜の写真を撮っていた。
──元彼のオーデコロンと同じ香りだ!
思わず思い出してしまった。
私は、この香りが好きだったから……
でも、それよりも彼自身の肌の匂いが大好きだった。
凛がランチボックスを手に帰って来た。
「お待たせ」
「うん、食べよ!」
凛が蓋を開けた瞬間に、唐揚げの匂いがした。
「あっ! 同じだ!」
「うわ、ホントだ!」
「でも、温かい方が断然美味しいよね」と私が言うと、
「1個食べる?」と言ってくれたが、
「ううん、大丈夫」と言ったのに、
「柚子の唐揚げは、いつも冷めても美味しいから、1個交換して!」と言う優しい子だ。
「ありがとう」
「う〜ん、やっぱいつ食べても柚子の唐揚げは、美味しいよね〜」と褒めてくれる。
温かい唐揚げには、断然劣るのに……
「じゃあ卵焼きもあげる!」と言うと、
「うわ〜ラッキー!」と喜んでくれる。
そして、先程の香りの話をした。
「元彼じゃなかったの?」
「うん、違った」
「なんだ、残念! こういう時って、ドラマだと元彼が居て、久しぶりの再会! みたいになるのにね」と笑っている。
「ハハッ、残念! そういう経験はないかな?」
「まあ、私もないけど……」
そして、オーデコロンの香りより、彼自身の肌の匂いが好きだったと言う話をした。
もしかすると、引かれるかも……と思っていたら、
「あ〜っ、それ分かる〜! 私も実は匂いフェチでさあ」と、凛も今の彼氏の匂いが好きだと言う。
やはり、彼氏や彼女の匂いが好きなら、相性も良いと言うのは、本当なのかも? と思った。
「だってさあ、あ〜この人の匂い好きだな〜と思う人に惹かれるよね?」と言う凛。
確かに、好きだから全部好きなのかもしれない。この人の匂い、嫌だ! と思う人とは、
ずっと一緒には居られないと思った。
「だよね! でも、コロンの香りは覚えていても肌の匂いなんて忘れちゃった」と言うと、
「また、会ったら思い出すんじゃない? てか、結局、何で別れたんだっけ?」と言う凛。
「お互い仕事が忙しくなって、なかなか会えなくなったから……」と言うと、
「いつだっけ?」と聞くので、
「もう1年近くなるかな」と言うと、
「そろそろ、彼の方も思い出してるんじゃない?」と言う凛。
「どうかな? 新しい彼女でも出来てるんじゃない?」と言うと、
「仕事が忙しいのに? そんな暇ある?」
「分かんないけど……」
「でも、柚子は新しい彼氏、作ってないじゃん!」と言う。
本当は、付き合って欲しい! と言われた人が居る。
「同じ部の鈴木さんでしょう? 営業部の富永さんでしょう? それに、うちの部の松岡さん!
わりと3人共、優良物件だと思うけどな〜あっ、そう言えば、野田さんにも言われてたんだっけ?
アレは既婚者だから論外だけどね」と言う。
「う、ん……」
「柚子モテるんだから、そろそろ彼氏作ったら?」と言われた。
「……」
「もしかして、元彼のことをまだ思ってるの?」
「……」
図星だ、答えられなかった。
「分かりやすっ!」と笑われた。
「え? 何も言ってないじゃん!」と言うと、
「言わなくても分かるわよ! 何年の付き合いだと思ってんのよ」と笑われた。
凛とは、入社からずっと仲良くしている。
もう私達は、3年目、今年25歳になる。
そして、凛は、
「私そろそろ一緒に住もうかと思ってて」と言う。
「そうなんだ、良かったじゃん」
「うん」
まだ、凛は新しい彼氏と付き合って半年ほどだ。
もし私達も一緒に住めていたら、別れなくても良かったのかもしれない、と思っていた。
忙しくても、毎日同じ部屋に帰って来てくれていたら、毎日顔が見られたのに……
──翌日──
今日もお天気が良いので、公園で食べることにした。
凛は、お料理はしない。だから、今日はハンバーガーを買って来たようだ。
「ねぇ、一緒に住んだらお料理はどうするの?」と聞いてみた。
「あ〜彼、料理人だから」と言う。
「あっ、そうだった! 羨ましい!」
「そう、だから、料理は出来ないって言ったら、俺が作るから大丈夫! って言ってくれて、私はそれ以外の家事をすることにしたの」
「なるほど、良いね〜」
凛は、それまで同じ会社の人とお付き合いをしていたが、別れてしまった。だから、もう会社の人とは付き合わない! と言ってマッチングアプリで知り合った人とお付き合いをしている。
「柚子もマッチングする?」と言われたが、
「ううん」と断った。
どうしても、前に進めない自分がいる。
たぶん、アノ別れに納得出来ていなくて、まだ、どこかで彼から連絡がくれるんじゃないかと、期待してしまっているからだと思う。
──そんな日々が続いた1ヶ月後──
ある日、凛がお休みだった。
彼氏と別れたと言った。
一緒に住み始めると、最初は良かったのだが、1ヶ月もすると、料理人の彼氏は、『疲れて帰って来てるのに、家に帰ってまで料理なんて出来ない!』と豹変したようだ。
そのショックで、今日は休むと言っていた。
私は、1人で又公園まで行って、お弁当を広げて食べていた。
藤棚の藤がとても綺麗だ。それに、ポピーや薔薇が咲いている。
「綺麗〜」と思わず又写真を撮った。
そして、食べかけのお弁当箱を広げたままだったので、振り向くと、1人の男性がそのお弁当をジッと見ている。
──えっ? ヤダッ、怖い!
と思いながら、邪魔だったかなと思って、急いで戻って、お弁当箱を片付けようと……
「あ、ごめんなさい。広げたままで……」と言うと、
「柚子!」と言った。
「えっ?」と顔を見ると、元彼の慶太だった。
「……嘘!」
「久しぶり!」と笑っている。
「どうして、こんな所に居るの?」と聞くと、
「仕事で」と言った。
「そうなんだ……」
「柚子、元気そうで良かった」と言われたので、
「慶太も……」と言うと、風に乗って、フワッと慶太のコロンの香りが鼻腔を刺激した。
──あっ、慶太のコロンの匂い
そして、お弁当箱を見て、
「柚子のだと思った」と言われた。
以前、可愛い! と言って慶太に買ってもらったお気に入りのお弁当箱だから……
何の絵も描かれていなくて、ツルンと丸みのある形が可愛いくて、薄いピンクのを買ってもらった。
なのに、『もし同じのを持ってる人が居たら、間違えるでしょう!』と蓋に可愛い犬の絵を描いてくれたのは慶太だ。
デザイナーをしているので、絵を描くのは得意のようだ。
まだ今もその絵が残っている。
「まだ使ってくれてたんだ」と言うので、
「うん、お弁当箱に罪はないから……」と言うと、
「そっか」と言って、
「1つ貰っても良い?」と、私の卵焼きを指差している。
「え? あ、どうぞ」と言うと、指で摘んで、
「やっぱ、柚子の卵焼きは、最高だな」と笑っている。
嬉しかった。
でも……私は、
──そんな顔でにこやかに笑わないでよ
と、顔を見るのが辛くなってしまって、目線を落とした。
「柚子!」
「ん?」
下を向いたまま返事をした。
泣きそうになっていたからだ。
「彼氏出来たか?」と言った。
「ううん……」
「そっか……」
「慶太は?」とドキドキしながら聞くと、
「俺も居ない!」と言った。
内心ホッとしていた。
「そう……」
「なあ! 今日、仕事何時に終わる?」と聞かれた。
「今日は、残業はないから5時15分には終わる」と言うと、
「じゃあ、ココで5時半に待ってる」と言った。
「え? 仕事は?」と顔を見て聞くと、
「うん、俺もその頃には終わってるから」と言った。
「分かった」と、断る理由もなく、寧ろ私も話したいと思っていた。
「じゃあ、後で!」と、また変わらない笑顔を振りまいた。
──クゥ〜! なんて罪な男なの!
私は、その場に座り込んでしまった。
でも、せっかく作ったお弁当が勿体ないと思ったので、残りを食べた。
なんだか可笑しくなった。
──何で卵焼き……
と、思い出すとニヤニヤしていた。
それに、終業後の約束を思い出して、
──うわっ! 会う約束しちゃった!
と今度はドキドキしてしまった。
そして、急いで食べて、会社に戻り、仕事をこなした。
──今日だけは、絶対に残業出来ない!
「終わった〜!」
17時前には、今日の分の仕事は、全て終わった。
すると、以前告られて、お断りをした鈴木さんが、
「柚子ちゃん、たまにはご飯でも付き合ってよ」と言った。
「あっ、すみません、今日は用がありますので」と言うと、
「いつもそう言って、ごまかすじゃん」と言われたので、腹が立って、
「今日は、本当に大事な用があります!」と言っていた。
自分でも驚いた。
「あ、そうなんだ。なんかごめん」と言われた。
「いえ、私こそ大きな声を出してごめんなさい」
と謝った。
そして、定時の17時15分になったので、
「お先に失礼します」と、すぐに席を立ち、更衣室で着替えた。
化粧室で、トイレを済ませて、念入りにメイクを直した。
「柚子? 気合い入ってるね〜何処か行くの?」と同期に聞かれたが、
「あ、うん。じゃあお先に〜」と言って先に出た。
エレベーターで1階まで降りて、公園まで数分。
──あっ! 慶太だ!
もう来てくれてたんだ。
「お待たせ!」
「おお!」と言いながら、上から下まで私の服装を見ている。
「なんか、綺麗になったな」と言われた。
いつもは、パンツが多いのに、たまたま、今日は、スカートで来ていた。
「ん? 前までは、そうでもなかった?」と嫌味な言い方をしてしまった。
「違うよ! 前から綺麗だったけどってことだよ」と言うので、
「なら、そう言ってくれなきゃ!」と、笑いながら突っかかる。
「ハハ」
やっぱり話し始めると、すぐに付き合っていた頃のように戻ってしまう。
──懐かしい……
慶太もそう思ったのか、
「何も変わってないな」と言った。
「うん、変わらないよ」
レストランを予約してくれていたようで、
少し歩いて、そのお店へ
「へ〜こんな素敵なお店があったんだ」と言うと、
「うん、俺も昼に見つけた! 柚子が好きそうだなと思って」と言った。
──変わらない、私のために……優しい……
また、泣きそうになってしまった
ダメだ、今日は泣かないぞ!
そして、料理を注文して食べながら、離れていた、この1年のことをお互いに話した。
慶太は、一所懸命に仕事を覚えてこなし、賞を獲るまでになったのだと言う。
「凄いね! おめでとう」
私は、慶太が作る作品や絵が好きだった。
でも、駆け出しの頃は、まず仕事を覚えることからだから下積みが大変そうで……
特に1年前は、本当に忙しくて、大変だったと……
だから、ヘトヘトになってボロボロになった姿を私に見せたくなかったのだと言われた。
「そんなの私も同じだよ! それでも、私は会いたかった」と言うと、
「だよな、ごめん」と言われた。
──今更こんな話をしても……
そう思っていると、
「柚子! もう一度やり直さないか?」と言われた。
「!!」
「今度は、どんな俺も曝け出す! だから、毎日会いたい!」と言った。
「毎日?」と言うと……
「結婚しないか?」と言った。
「え────!」
流石に驚いた!
「イヤか?」と聞くので、
「同棲とでも言うのかと思ったら、すっ飛ばして……結婚って……」と言うと、
「だって、俺たちは、もう色々分かり過ぎるぐらい分かってるよね? 4年も付き合ってたんだから」と言われた。
「そうだけど……」
「柚子も25歳だし……」と言う。
「自分だって……あっ、男の人は25じゃまだ早いのか……」と言うと、
「ううん、俺は早いとは思わない! だから、一緒に居たい! こんなのタイミングだよ」と言われて、
「そうだけど……急過ぎて驚いてる」と言うと、
「急じゃないよ、ずっと思ってた。1年前から……」と言った。
「言わなきゃ、私には、急なの!」と言うと、
「ダメ?」と言った。
「ううん……」
「じゃあ、結婚しよう!」と優しい笑顔で微笑んだ。
「うん」
ずっと一緒に居たいから……
やっぱり私は、泣いていた。
以前のように、指で涙を拭ってくれる。
そして、そのまま慶太の部屋へ行った。
慌てて片付けたのか、わりと綺麗になっていた。
「柚子〜」と、私を抱きしめた。
──慶太の匂いがした、大好きな匂い
そのままキスが落ちてきて……
以前のように、ベッドで抱き合った。
「慶太の匂いがする」と言うと、
「え? 匂う?」と言う。
「ううん、大好きな慶太の匂い」と言うと、
「そっか、柚子の匂いも俺が1番好きな匂いだ」と言った。
やっぱり、私は慶太の肌の匂いが大好きなんだ。
私達は、すぐに一緒に住み始めて、籍を入れた。
今は、共働きで夫婦として毎日顔を見ている。
そして、慶太が大好きな卵焼きを焼いて、毎日お揃いのお弁当箱に詰めている。
慶太の水色のお弁当箱には、私が犬の絵を描いてあげた。
「ん? クマ? 猫?」と、全然当たらない。
「どうみても犬でしょう!」
「え────! ハハハハ」と笑っている。
どうも私には、絵心がないようだ。
──完──
心優(mihiro)
2025.5.15
最初のコメントを投稿しよう!