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あれは…昨年、帝が毎年桜花の時期になると開かれる、夜桜の宴の時…私は一度だけ見かけた。
彼(か)の人の噂は昔からあり、皆(みな)その姫君を一目でも見たいと、群がっていた…。
姫は、恥ずかしそうに‥少し怯えた様に、頬を桜色に染め父君の影にそっと隠れる様にしていた。
父君が他の方と話をしている時、帝の御遣いの女房達に連れられ、今宵の宴の為に召し物を替える為、皆に一礼をし下がった。
“お美しき姫”“是非妻にしたい”と口々に呟いていた。
役職の御子息は、何やら自分の父親にヒソヒソと耳打ちをしていた。
暫くその情景を目にしていると、着替えを終えた姫君が女房に連れられて来た。
…皆…目を見開き、息を飲むのが解る位の静けさだった。
舞や歌・音を奏でる白拍子(しらびょうし)の姿…綺麗な桜花をあしらった着物を纏い、金細工がぶら下がった装飾を耳に飾り、立烏帽子(たてえぼし)を被り太刀を帯びる。とても男装束の遊女(あそびめ)には見えない…美しさだった。
私も周りの男達の様に…息を飲み、その姿を目にしていた。
手に持っていた高麗笛を落としそうになる位…その姿に…見惚れてしまっていた。彼の人が演舞台に立つと、目を閉じ天を仰いだ。
私は我に返り、笛を口元にあてた。
天を仰いでいた彼の人は、前を向き目を開いた。微かな風と彼の人が動き、耳に飾っていた金の装飾が揺れ、しゃらりと鳴る。
彼の人は舞扇子を拡げ、それを合図に、音と舞が始まった。
その繊細だが優雅な舞は…他の者全ての物を魅了する。
横笛・高麗笛・神楽笛・鼓等が鳴り響き…彼の人が、今様(いまよう:流行歌)を歌い舞う。
風に揺れたいまつの火が、少し激しく燃え上がり、舞や音も少し激しくなる。
今さっきまで、恥ずかしそうに少し怯えた彼の人ではなく…別人の人だった。
…とても…美しく、艶やかな…舞い散る夜桜と風に揺れ、しゃらりという音と舞う舞姫…。
私も高麗笛を奏で、彼の人と共に時を楽しんだ…。
長くてな短かった様な時は流れ…終演を迎えた。
音が止み、舞を止めた彼の人は…帝に向け一礼をすると、御簾ごしの帝は拍手を送り喜んだ。
~ 夢のようなあの一夜 ~
~私は、貴女様をこの目に…焼き付けた~
~ 桜花の舞姫 ~
※白拍子(しらびょうし)男装束の格好をし、舞や歌・音を奏でる遊女(あそびめ)の事。
※少々手を加えておりますので、平安時代とほんの少し異なる部分があります。
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